めんたねの技術をマジメにふざけて実践する
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第二期催眠コミュニケーション初級講座終了
2008年05月07日 (水) | 編集 |

昨日、亀戸の商工情報センターで

第二期催眠コミュニケーション初級ワークショップの最終日(二日目)を

 終了しました。

この講座はとにかく、ワーク主体。

日常のコミュニケーションの中で、

相手ともめたり険悪な関係になることなく、

こちらの提案を質問の形を使って伝えつつ相手の持っている能力や可能性を引き出す。

そのための会話ワークをトコトンやります。

昨日は一日中そんなことをやっていました。

講座終了後のアンケートを読んだら

「またこの講座に参加したい!」

「ワークをもっと練習したい!」

というような要望がたくさんありました。

これだけワーク漬けにして、

さらにワークをやりたいと参加者が思ってくれるということは、

このワークの有効性を感じ取ってもらえたということかな。

うれしいことです♪

昨日は、PCとプロジェクターを使って、

会話ワークをやっている人の背後から、

その状況についての解説とか、

会話ワーク中、行き詰ったときのヒントとか、

そういうブロックサインみたいなものを出してみる、という

初の試みにチャレンジ!

札幌でやろうとおもったのだけど、

時間が足りなくてやれなかったやつです。

これはやっぱり2日間コースじゃないとやれないですね。

実際にやってみた感想はなかなか上々。

会話ワークの流れを周りで見ている人につかんでもらうために

非常に良さそうです。

的確な質問が投げかけられると、

建設的な方向、今まで相手が考えもしていなかったちょっと違う方向へ、

話題が流れていき、

それにしたがって、相手も前向きな新しい方向へと

興味関心を向けていく。

そんな様子が手に取るようにわかるワークになりました。

これはなかなかいいな。

望みがあきらかにならない悩みほど手間がかかり、

その種の悩みを扱うときには、

心理的反発を引き起こさないように配慮をしつつも、

適度なところで相手の話を切ってしまって、

質問を使って他の方向へと話題を移していく。

講座終了後のアンケートを読むのが

毎回、楽しみなのですが、

今回、一日目と二日目の間の期間に出した宿題を

やったか、やらなかったかで大きな学習効果の違いが出るから、

無理矢理にでも宿題をやらせるシステムを導入したらいいのでは?

という意見がありました。

それはいいかもしれないなあ。

こうして、めんたねはさらにスパルタ教育の色合いを強めていくのであった……

参加してくださったみなさん、ありがとうございました!

要望されている続編の作成に早急に取り掛かります!

望みを捨てた私
2008年04月17日 (木) | 編集 |
ここ数日、せっせと北海道であさって4/19(土)にやる予定の
めんたね教育講座の資料を作っています。

告知の打ち方が、
「勉強しない子には『勉強するな』と言え!」
だった気がするので、
きっと「逆説(パラドックス)」のお話は入れないと、
「看板に偽りあり、ジャロに言いつけてやる!」
となりそうです。

ですから、その話を入れます。

すると、それに付随して説明することもたくさん出てきます。

ワークをやる時間も含めてざっと計算をしてみたら、
もうそれだけで、3時間でおさまるかどうかという
なかなか、厳しい状況です。

本当はここに今ぼくの中では一番熱い
「相手の望みに興味を持ち、その相手の望みに沿う」
という「望み」の話を入れておきたかったのですが、
どう考えても話す時間がありません。

そういうわけで、今回の教育講座では
ぼくは「望み」を捨てます。
ああ、ごめんよ、「望み」。

最後のまとめのところで、
ほんのちょっとでも「望み」についての話もできるといいのだけど。
教育講座の癖して、妙にテクニカルというアンバランスな講座になりそうです。
マニア向け超上級教育講座だ。
とにかく、30回ぐらいは
「この技術は使い方を間違えるとお子さんを壊しますからね!」
と散々脅してまわる恐怖の講座にしよう。


今回はたまちゃんのお知り合いの方、多数参加、
セラピストとかコーチとか占い師さんとか、
とにかく玄人さんてんこ盛りの会であろうということで、
まあ、技術的な話が多くてもなんとかなるであろう……


東京でやる教育講座はそんなとんがった話じゃなくて、
もう少し、のんびり癒され系で作ろう(笑)

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邪悪な気配
2008年04月16日 (水) | 編集 |
今やっているメイン講座の名前は
「催眠コミュニケーション入門講座」
「催眠コミュニケーション初級ワークショップ」(キングメイカー養成塾)
なのですが、
「催眠コミュニケーション」ってどうもネーミングが悪い気もする。

どうも邪悪だ。
不穏で危険なムードをかもし出している。

目から悪のビームをビビビッと発射して、
周りの人間をマインドコントロールしてウハウハなイメージ。



実際はそんなのありえないんですけど(笑)

相手を思い通りにしよう、とか
そういう邪な気持ちを捨てる。
そして、世界も目の前の相手もなるようにしかならないのさ、と開き直る。
そのとき、はじめて目の前に相手に対してわりと強力な影響力を持てる。

そういうなんだか、よくわからない複雑な構造について
理屈っぽく説明したり、実際にそのコミュニケーションを練習したりするのが、
催眠コミュニケーションの実態です。




本来、内容は極めて善良なものであるはず。



ちなみに親子間の教育バージョンの場合は、
ほぼ同じ構造のことを教えても、
「めんたね教育講座」とか
「モテママレッスン」とかそういうほのぼのしたネーミングになるため、
邪悪さがぐっと減る。



きっとめんたね経由で「催眠」に興味を持って集まってくる人たちには
極めて怪しい腹黒い人として、
めんたねEducationとかスカイプによる無料教育講座とか
「教育・子育て」のキーワードで集まってくる人たちには
もう少し明るく朗らかないい人として
ぼくの姿は映っているのではないかなあと思ったりします。



まあ、お寿司におけるわさびのように、
ちょっと邪悪な気配をピリリと入れておくのも
悪くはないのかもしれないなー。

いずれにせよ、内容は一緒でもネーミング一つで
印象は本当にガラっと変わってしまいますね。

よーくかんがえよー♪なまえーは大事だよー♪


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マインドマップの利用目的2
2008年04月14日 (月) | 編集 |
今日、中ニの生徒に
池田晶子「帰って来たソクラテス」
を読んでもらいました。
ソクラテスがなぜか、現代日本に蘇ってきて、
今の色々な日本人達と得意の対話を行うという設定の本です。

今日は、「会社や社会に縛られている」と感じているサラリーマンとソクラテスが
自由とか縛られるということについて討論している章を読みました。

内容は哲学的な問題を含んでいるので、
結構難しいのですが池田晶子さんは
子どもでもわかるような普通の言葉で哲学を語るので、
ちょうど教材として使いやすかったです。
選んだ理由は家を出る前に、
この前、古本屋で200円ぐらいで買ったその本が
まだ読まずに転がっているのを見て、
あ、これ、ちょうど国語の教材にいいかも。
試しに使ってみよう!
っていうかなり行き当たりばったりなものですけど。

これを読んだ後に討論の流れをマインドマップにまとめた上で、
それを参考にして、その内容の要約を文章にするというのが、
彼への課題です。

文章を読むのに15分、
ウンウン言いながら、セントラルイメージを描くのに1時間15分、
枝を伸ばし始めたときには既に指導から1時間30分が経過してました。

まあ、それでいいんだと思うんですよね。
彼にとっては相当、骨のある課題ですから、
読んだ内容をある程度、整理して、
そこに立ち向かう覚悟ができるまでに1時間15分かかったということ。
普通の人はその1時間15分は無駄と感じるのかもしれません。
しかし、ぼくはその1時間15分の投資があったからこそ、
その後、彼は枝を伸ばして自分なりのまとめをすることができた、と思っているし、
今後もこのテーマに対して積極的にコミットすることになるとも思っています。

とっつきにくい難問にぶち当たったとき、
とりあえず、色々と落書きをして、
手を動かしながら時間をつぶしているうちに、
ふっと解決の糸口が見えてくる。
それまではあきらめずにとにかく考え続ける。
いや、意識的に考えなくても無意識は勝手に考えるから、
とにかく、テーマに関連しそうな落書きをして、
手だけは動かし続ける。

将来、彼がマインドマップを使おうが使うまいが、
それは全然どっちでもいい。
ただ、目の前にある難問に対して、
とりあえず、一見、無駄に見えても、
手を動かして触り続けておく。
すると、いずれ道が開けてくる。
それまでは、ちょっとずつ触りながら、待っていればいい。

そういう頭の使い方を伝えたいとは思っています。

今のところ、そういうことを体感してもらうために
マインドマップを指導に使うのは便利だなあと感じています。
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マインドマップの利用目的1
2008年04月14日 (月) | 編集 |
ぼくには伊藤賢さん(賢ちゃん)と倉橋竜哉さん(たつやん)の
2人のマインドマップインストラクターの友人がいます。

日常的にマインドマップを使いこなしているインストラクターの友人がいるというのは
やはり、影響力が大きいもので
自分自身も自然とマインドマップを使うようになります。

ここ2年ぐらいは、
それまでに比べて圧倒的にマインドマップを有効利用している気がします。

その一番の理由は、
「それまで以上に効果を体感できるようになったから。」
これにつきるでしょう。

マインドマップのような技術を眺めるとき、
「やり方」と「そのやり方でやる理由・目的」の2つの項目を
考えてみることができます。

最初はとりあえず、やり方から入ってみて、
ずーっとその「やり方」に沿って使ってみる。
すると、あるとき、
「ああ!このやり方というのはこういう目的のためにあるのか!」
と体感できる瞬間が来る。

その結果、その「やり方」を利用することによって達成されるメリットを
実際にはっきりと感じ取ることができるようになるので、
その「やり方」を続けるモチベーションがぐっと上がります。


きっと、人によってマインドマップに感じているメリットというのは
色々なのだろうけど、
僕の場合は、マインドマップを書くことはある種の儀式です。
こういうことを言うと完全に怪しい人ですけど。

マインドマップを描くときには、セントラル・イメージといって、
真ん中にそのマインドマップの主題に関わる絵から描き始めます。

あれが儀式の始まりを告げます。
セントラル・イメージにはなるべく手間暇をかけて、
色々とインパクトのある面白い絵、
人が見たら笑い出しそうな絵、
とにかく、興味を引きそうな絵、
そういうものを描くほうが効果が高い。

儀式というのは派手にわかりやすくやるほど、
儀式としての効果が高くなります。

セントラル・イメージを書き始めたとき、
ぼくは自分自身に自然と宣言をしています。
「今から、この問題について考え始めますよ!」
多くの人はある問題について、考えようとしたとき、
いきなりフルスロットルで、頭を回転させることはできません。
しばらくは、まだ、頭が本調子で回転しないのだけど、
とりあえず、ずーっと、考えなきゃ、考えなきゃって思っているうちに、
徐々にその問題自体に没頭し始め、
色々なアイディアがわいてきたりします。

この出だしの時間がつらい。
頭の調子がのってくるまで、その問題について考え続けるのが
結構苦痛なんです。

マインドマップを描く場合、
「セントラル・イメージを何にしようかな?」
と考え始めた瞬間から、
頭はその問題について考えることを宣言しています。
でも、とりあえずはいきなり、本題に入るのではなくて、
絵を描くわけですね。

ここである程度、時間をとることが大変効果的だとぼくは思っています。
絵を描いているときに段々と、
「早く枝を伸ばしたいなあ。
 このキーワードは絶対に中心近くに置いておきたいよな。」
なんていうようなことを、自然と考え始めてしまいます。
でも、そこでもう少しガマンして、楽しい絵を描きます。

まあ、ガマンしきれなくなったら、
すでにそれは頭のエンジンにスイッチが入ったわけだから、
セントラル・イメージはそこそこにして、
枝を伸ばし始めてもいいわけなんですけど。

逆に枝を伸ばしたい気分になるまでは、
いつまでもセントラル・イメージに手を入れて
お絵かきを続けます。
ここは、本当に子どもの落書きと同じです。
こうやってお絵かきをしている間にも
無意識的なレベルでは、
その問題について少しずつ色々なことを考え始めます。
頭のエンジンをアイドリングして温めているような感じ。
そして、エンジンが十分温まったサインは、
「早く枝を描きたい」
という気持ちの高まりだとぼくは捉えています。

そうやって、一番つらく、考えるのやめてしまいやすい
考えはじめのアイドリングの時間帯をやり過ごす。
そのための儀式がセントラル・イメージを描くことだと思っています。

また、時間と手間をかけてセントラル・イメージを描いていくと、
徐々にその絵に対して思い入れが生まれます。
愛着がわくんですね。
そうすると、
「せっかく、こんなに時間をかけてセントラル・イメージを描いたのだから、
 このマインドマップをしっかり完成させて、そこから色々なものを得たい!」
という気持ちが盛り上がってきます。
必死の思いで口説き落とした彼女には思い入れが強くて、
別れたくないという気持ちが強くなります。
わかれてもなかなか忘れられない。
逆に、なんとなく、成り行きでほいっと付き合ってしまった彼女には、
あまり思い入れもないために、またアッサリ別れやすい。
これと同じことだと思います。

うーむ。我ながらひどいたとえだ。
もう少し、ましなたとえはないものか?

まあ、そんなわけで、
ぼくはセントラル・イメージ至上主義者なのです。
セントラル・イメージ原理主義派と言ってもいいでしょう。

「セントラル・イメージを丁寧に時間をかけて面白く描けば救われる。」



マインドマップは短時間で効率的な学習を促進する、という考え方もありますが、
ぼくはあまりそういう面は重視してません。
あまりというか、まったく重視してないか。

マインドマップはなるべく時間をかけて描きたい。
その描くのに費やした時間の分だけ、
その自分の意識だけではなく、無意識も
そのテーマについて考え続けていてくれる。
だから、より深く、きれいに整理された形で頭の中で情報が捉えなおされる。
そんな風に考えています。

実際、日常生活の中でもある解決したい問題について、
「どうやったらうまくいくか?」
ということを毎日、ちょこちょこと断続的に考え続けていると、
ふと、そのことを忘れてしまったときに、
突然、ポンっと
「あ!これやってみよう!」
ってアイディアが降ってきます。
でも、その前に断続的に考えている時間を取ってないと
アイディアは降ってきません。

きっと、断続的にチョコチョコと考えている期間、
その考えている真っ最中の時間以外も、
無意識的なレベルで勝手に頭が働いていて、
解決案を模索してくれている。
それが、突然、ポンと降ってくる。


マインドマップを描くこと、描いたマインドマップを再度眺めることで
そのアイディアが降ってくるために必要な
「断続的に考え続けている時間」
を取るというのがぼくのマインドマップを描く大きな目的の一つです。
セントラル・イメージにこだわるのは、
セントラル・イメージがお気に入りになると、
そのマインドマップを何度も見返しやすくなるからです。
人にも見せて自慢するし(笑)
とにかく、描いたマインドマップに再度触れる機会を最大化する。
これが重要なわけです。

だから、ぼくは一枚のマインドマップを書くのに
多分、平均2〜3時間はかけます。
別に長い時間をかけようと意識しているわけではないのだけど、
自分のペースで描いていくと自然とそうなります。


まあ、こんなのんびりしたやり方は、
今のぼくのライフスタイルだからできるのであって、
激務のビジネスマンとかには向いてないのかもしれないけど。

ぼくにとってマインドマップを描くことは
茶道のお手前に出て、
心の平穏を得る、みたいな贅沢と
似たような感覚なんでしょうね。


ほら、やっぱり儀式だ。
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先生的体質
2008年04月13日 (日) | 編集 |
教育業、先生業を長いことやっていると、
自然とそういう体質が自分に定着する。

昨日、あなみさんと彼が大学で持っている授業のクラスについて
話をしました。

昨年から、あなみさんは大学の講師として、
授業を持って生徒を教えています。
昨年一年で、あなみさんの授業は面白いと評判になったらしく、
今年は人気授業として定員一杯まで人が集まり、
成績順で足切りするとか。

ぼくは、その話を聞いて、
自分のことでもないのに大変うれしくなって、
あなみさんにその件について色々聞いたのだけど、
あなみさんからしてみると、
生徒が増えると諸雑務が増えてめんどうなんだ、と
結構、渋い顔をしていました。

ぼくだったら、人気授業になったら
手間が増えても、ついついうれしくなってがんばってしまうでしょう。

この辺が体質の違いなんだろうなあ。
先生的体質というのか?

そんな話題になったとき、あなみさんが面白いことを言ってました。

「あれよね。
 君の方が、俺よりも先生、生徒の関係において東洋的だよね。
 君は師から学ぶということを重視するけれども、
 俺は考えてみるとあまり師に当たる人がいないかもしれん。」

確かにそうなんだよなあ。
以前、内田樹の「先生はえらい」という本について
確か日記を書いたのだけれども、
あそこで語られている師弟関係というのは
大変、東洋的な関係であって、
弟子は師から何をもらえるのかわからない。
それでも、弟子は師についていく。
その結果、弟子は師から色々といじめられて、
結果として、弟子は自分のそれまででは理解できない一段大きな枠組みを、
手に入れることができる。

アドラー心理学の野田さんなんかも、
師は弟子をいじめる義務があり、
弟子は師にいじめられる義務がある。
それが師弟関係だ、というような趣旨のことを
以前、ブログで書いていた気がしますが、
それも同じことを述べていると思う。

そして、この師弟関係の枠組みは非常に東洋的なんですね。

ぼくが、先生に対して抱いている敬意も
完全にこれと同じだと思います。

そのような師であるためには、
やはり師たるべきあり方や不断の努力というものが必要になり、
それが滲み出した結果、自然と弟子がつく。
あなみさんが大学で人気講師となったのは、
あなみさんがそういう種類の師となったことの一つの表れであり、
それがぼくにとっては大変うれしい。
ぼくは基本的にそういう種類の本物の「師」というものが大好きなので。
きっと、体が勝手に反応する。
そういうことなんじゃないかなあ、と思いました。

なんでこういう師弟関係を自分は好きなのだろうか?
そう考えてみると、ぼくは昔から先生というものに
目をかけてもらえることが多くて、
(逆ににらまれることも多かったが、そういうことはなぜか忘れるようにできている)
先生というものは、自分を育て、伸ばしてくれる存在だと
思っているからだと思います。

時々、妙にぼくを気に入ってくれて、
とても高く評価してくれる先生が出てくる。
やはり、そういう種類の期待には体が敏感に反応するもので、
そういう先生のことを大変好きになる。

この好きになるというのは不思議なもので、
はっきりと「好き」という意識がないこともある。
うるさいことばかり言うし、怖いし、目の前に出ると緊張するし、
できれば避けたいのだけど、
でも、この先生から逃げてはいけない、
そういう感覚が自分の中にあって、
なんだかんだその先生の言うことを文句をいいながらも聞いている自分がいる。
そして、時間が経って考え直してみると、
「ああ、自分はあの先生のことを好きだったのだな」
そういう風に気づくこともあります。

そもそも、完全に師弟関係にあるときには
好きとか嫌いとかそういう意識はないことのほうが多いかもしれません。
理屈を越えて、師は師なんだよな。

そういう種類の先生からは、
その先生が教えてくれる知識や技術だけではなくて、
その先生の立ち居振る舞い、物事に対する姿勢、世界の捉え方、考え方など、
その先生の生き様自体から影響を受けます。

ぼくは小学生・中学生・高校生・大学生・社会人になってから、
それぞれ、そういうような先生を持って生活してきました。

それを子どもの頃から繰り返しているので、
体の癖になっているんでしょうね。
逆に自分にとっての師がいない時期というのは、
なんだか、自分が傲慢な人間になっていくような気がして、
どうも落ち着かない。

今は目の前にはいないし、
実際に会ったこともないミルトン・エリクソンを
頭の中で一番の師とおいているのでしょう。


ぼくにとって本当にモノを学ぶというのは
知識をコレクションすることではなくて、
人間としてのあり方に影響を受けることだったりします。
だから、多分、普通の人が考えているよりも
ぐっと宗教的行為に近いものとして
「教える」という行為をみているし、
「師弟関係」というものを捉えています。
「親子関係」というのもそうとう宗教的行為ですね。
子どもは親のことを人生、最初の師として、
無条件に受け入れ、知らず知らずに真似をして育ちます。


ということは、あれかな。
人生最初の師である親が、いい師、いい先生として振舞える人だと
その子どもはその後の人生で、「師」に対する
無条件の信頼感のようなものを持てるようになる。

その結果、あなみさんのいう東洋的師弟関係を持ちやすくなる。



ちなみに、
スポーツ選手として大成するような人とかは
ほぼ、決まってみなさん東洋的師弟関係の弟子に入ることが上手な人らしい。

以前はスポーツ関連の実用書、今は女性向け自己啓発書の実用書の
編集をやっているぼくの知人がそう言っていました。

逆に自己啓発関連で会う著者達は、
謙虚な姿勢がなく、頭だけな感じの人も多くちょっとね……って感じらしい。
確かにスポーツっていうのははっきりと目の前に結果が出る世界だから、
謙虚にならざるを得ないのかもしれない。



で、結論。
だからぼくはあのヒップホップのMIWA先生を崇拝し、メロメロだということなのだな!
そして、シャラポワラブなのです!
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夏まで少し働きます
2008年04月12日 (土) | 編集 |
スケジュール管理能力が極めて低いぼくは、
自分のスケジュールがよくわからなくなってきました。
そういうわけで、ちょっと書き出してみる。


■■4月〜7月にかけてのめんたね講座予定■■

4月19日(土) (教育)めんたね教育講座(北海道)
4月20日(日) (初級)催眠コミュニケーション初級講座(北海道)

(以下、東京)
4月26日(土) (入門)第四回 催眠コミュニケーション入門講座
4月27日(日) (誘導)第一期 本当のエリクソン催眠誘導講座 2日目

4月29日(祝) (初級)第二期 催眠コミュニケーション初級講座 1日目

5月3日 (土) (中・上級)エリクソン読書会
5月4日 (日) ★★ おやすみ♪ ★★
5月5日 (祝) ★★ おやすみ♪ ★★
5月6日 (祝) (初級)第二期 催眠コミュニケーション初級講座 2日目

5月10日(土) (中・上級)エリクソン読書会
5月11日(日) (誘導)第三期 本当のエリクソン催眠誘導講座 1日目

5月17日(土) (中・上級)エリクソン読書会
          (入門)第五回 催眠コミュニケーション入門講座
5月18日(日) (誘導)第二期 本当のエリクソン催眠誘導講座 1日目

5月24日(土) (中・上級)エリクソン読書会
5月25日(日) (誘導)第一期 本当のエリクソン催眠誘導講座 3日目

5月31日(土) (中・上級)エリクソン読書会
6月1日 (日) (初級)第三期 催眠コミュニケーション初級講座 1日目

6月7日 (土) (中・上級)エリクソン読書会
6月8日 (日) (初級)第三期 催眠コミュニケーション初級講座 2日目

6月14日(土) (中・上級)エリクソン読書会
6月15日(日) (誘導)第二期 本当のエリクソン催眠誘導講座 2日目

6月21日(土) (中・上級)エリクソン読書会
6月22日(日) (誘導)第三期 本当のエリクソン催眠誘導講座 2日目

6月28日(土) (中・上級)エリクソン読書会
6月29日(日) ★★ おやすみ♪ ★★

7月5日 (土) (初級)第四期 催眠コミュニケーション初級講座 1日目
7月6日 (日) (初級)第四期 催眠コミュニケーション初級講座 2日目

7月12日(土) (中・上級)エリクソン読書会
7月13日(日) (誘導)第二期 本当のエリクソン催眠誘導講座 3日目

7月19日(土) (中・上級)エリクソン読書会
7月20日(日) (誘導)第三期 本当のエリクソン催眠誘導講座 3日目



ふーむ……珍しく、少し働き者な感じがする。
土日祝日のお休みは3日か。
とはいえ、最近、家庭教師がだいぶ暇なので、
きっと世間のサラリーマンとかよりもずーっと楽なのであろう。
っていうか、家庭教師は最初から楽なので、
そもそもあんまり仕事している感じがしないのだが。



予定通りであれば、この後、いったん、夏休みに入って地下に潜伏。
8月一杯ぐらいで本を書き終わらせる予定。
9月からは再び、講座などをボチボチやる、と。



どこかで、また昨年同様、二泊三日ぐらいで、楽しい夏合宿をやりたい。
海じゃ!海!
それまでは遊ばずに黙々とお仕事するのです。



平日に講座の告知をしたり、雑務をこなしたり、
メルマガを書いたり、
講座内容や資料の作成をしたり、
講座用とかインプットのためのお勉強をしたりすることを考えると、
なかなか、忙しいのかもしれないなあ。

毎週月曜の夜あたりにも勉強会らしきなにかをやってくれ、
という声があった気もするのだが……
その予習をやる時間的余裕があるかどうかが自信がない。

あ、7,8月の夏休みにそれはやるか。


メリハリをつけるために、平日の毎週火曜日はお休み!仕事はしない!
とか決めて休日を意図的に作った方がいいのかもなー。


あと、東京でも普通に定期的に教育講座をやろうと思っていたのだけど、
一体、このどこにスケジュールをねじ込めばいいというのだろうか……?
時々、教育講座をやって体を浄化しないと、
怪しさ全開のセミナー講師になってしまう(笑)



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催眠コミュニケーションしろ!
2008年04月08日 (火) | 編集 |
今、ぼくが一番、力を入れているのは、
催眠コミュニケーションです。

まあ、催眠コミュニケーションといってもなんのことやら、
さっぱりわからないでしょう。

さまざまな要素が催眠コミュニケーションにはあるので、
一言では説明しにくいのですが、
ものすごい簡単に言うと、

「会話の相手の心理的反発を引き起こさないよう、
 特殊なコミュニケーションを用い、
 相手のスムーズな変化・成長を促す。」

ということになります。

心理的反発のことを心理療法の世界では「抵抗」などといいます。
そして、催眠コミュニケーションは、
この「抵抗」を上手にかわしたり、あえて利用したりして、
コミュニケーション上の主導権を握り、
相手の考え方と実際の行動を変化させます。

つまり、
催眠コミュニケーション=「抵抗操作」の技術
そう考えていい。



別に催眠コミュニケーションはトランス誘導をして、
相手をトランス状態に入れるわけではありません。

日常生活の会話の中でトランス誘導を始めたら、
それはあからさまに変な人ですから、
あんまり使えないわけです。
それよりはトランスを用いず、
暗示的メッセージなどを利用して相手を変化させていく
催眠コミュニケーションのほうがよっぽど実践的で、
非常に、非常に、非常に!役に立つ!



……でね。

この催眠コミュニケーション入門講座を4/26(土)にやるのです。
ちなみに参加費1000円。ほとんど、タダ同然。
内容はかなり面白いと思います。
秋頃に「3時間でわかるミルトン・エリクソン」として、
この講座を最初に開いたときには
多くの参加希望者が殺到し、
参加した人たちは大変喜んでくれました。


それなのに……

それなのに……現在、まだ、参加申し込み者1人。

一方、6万円もする催眠誘導講座は参加希望者が殺到。
催眠誘導は日常でなんの役にも立ちませんよ、と
日記でも言って回ってるにも関わらず!


みんな、間違ってる!


これはひょっとして、参加費が安すぎて
内容が大したことないとか思われたりしているんだろうか?
だったら、思いっきり値上げしてやる!

そのぐらいの憤りを感じる今日この頃です。

いいですか。
ぼくが面白い、役に立つ、そういったら本当にそうなのです!(超高圧的)
役に立たないものは役に立たない、とハッキリ言うし、
つまらないものはつまらない、とハッキリ言うのです。
ダメなものはダメ、とハッキリ言うのです。

インディアン、嘘つかない。オタニコウジ、嘘つかない。

この入門講座はめんたねの講座のラインナップの中でも
相当、オススメメニューなんです!

他の講座は別に来なくてもいい!
(いや、来てくれるとうれしいけど。)
でも、この入門講座、こいつは来ておけ。
これに来ないのは人生の損失ですよ!


というわけで……怒りをぶちまけてみました(笑)
本当に来た方がいいと思うよ。面白いから。

そうですよねえ?既に昨年秋に「3時間でわかる〜」に参加したみなさん。
(これで、「いや、あれは出る価値ない」とか言われるとへこむが。)

もう、ぼくはキレ気味なので、
次回から入門講座も1000円→5000円にしてやる!
(本当にそうしたら、参加希望者が増えそうでそれはそれで怖い。
 市場の原理って一体どうなってるんでしょう?)

ま、そういうわけで来てね♪

あと、催眠コミュニケーション初級講座という丸2日間をかけて
催眠コミュニケーションを徹底トレーニングする講座も4/29にやりますよ。
こっちも、おすすめですが、とりあえず、入門講座に出てみて、
こりゃ、面白い!と思ったら初級もやってみればいいさ。
入門講座に比べればお値段も高いしね。

とにかく、入門講座に出ろ!話はそれからだ!以上。






★第4回 催眠コミュニケーション入門講座 4/26(土) ←超オススメ!
〜2時間でわかるミルトン・エリクソン〜
会場:江東区商工情報センター

詳細・申し込み→ http://mentane.net/workshop/pg78.html



★催眠コミュニケーション初級講座
〜キングメイカー養成塾〜

○第二期
2008年4月29日(火) 10:00〜17:00 A(1日目)
2008年5月6日(火) 10:00〜17:00 B(2日目)
会場:江東区商工情報センター

○第三期
2008年6月1日(日) 10:00〜17:00 A(1日目)
2008年6月8日(日) 10:00〜17:00 B(2日目)
会場:江東区商工情報センター

詳細・申し込み→ http://mentane.net/workshop/pg30.html



■江東区商工情報センター
JR総武線「亀戸」駅北口より徒歩2分
東武亀戸線「亀戸」駅より徒歩2分

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第二回 無料教育相談 in Skype 2
2008年04月07日 (月) | 編集 |
今日の無料教育相談で力を入れたのは、
「リソース発見」作業。

「リソース」とは簡単に言えば「役に立つもの」のこと。

たとえば、ぼくが、飲み会を開こうと思ったとする。
そのとき、

・近所にある安くておいしい居酒屋
・声をかけたらやってくる友人・知人
・連絡をするためのツールとして携帯電話やメールやミクシイなど
・楽しい会話をして周りの人を喜ばせる能力
・そつなく集金を済ませ、会計を済ませる事務処理能力
・手元にあるそのお店の2000円割引券
・飲み会をやるための時間(暇)
・お酒を飲める健康な体
・メニューを手際よく決めて、場にストレスをかけない手際

などなど……

飲み会を開くために役立つかもしれない全てのものを「リソース」と呼ぶわけです。
欠点だってひっくり返して上手に生かす方法を見つければ、
それは立派なリソースになってしまいます。


今回の教育相談の場合は、

「今回のお母さんの望みをかなえるために、
 役立ちそうなリソースはどのようなものがありますか?
 みなさん、今のお母さんの話を聞いていて、
 自分が見つけたお母さんの持っているリソースを
 1人ずつ、順番に伝えてあげてください。」

こうやって、参加者に意見を求めました。
すると、参加者がそれぞれ自分の発見したリソースを
相談者に伝えます。


リソースというのは不思議な力があって、
それを発見して拾い続けているだけで、
今まで問題であったことが問題ではなくなってしまったりします。

つまり、リソースをたくさん拾い集めることで、
こんなやり方もあるかも、あんなやり方もあるかも、と
道が色々と見えてくる。
その結果、問題そのものを直接的にそんなに深く扱わなくても
自然と、解決のためにこんなことをやってみようかな、という
アイディアがたくさん出てきます。


さらに、リソース発見の作業はやっていて楽しい。
これは大変に重要です。
多くの周りの参加者が、1人の相談を持ちかけている人やその家族の中に
リソースを見つけ出してはそれを報告する。
ダメだしの反対で、よいところだしになるので、
やる方もやられる方も気分がいい。
その結果、集団全体の意見が
相談者に対してより強い影響を持ち始めます。
相談者を前向きに承認して受け入れる空間ができあがる。
ほめられたり、既に持っている能力を指摘されたりしたら、
普通、みんなうれしいですからね。


ぼく一人が、「元気活発でエネルギーあふれるお子さんですね」と伝えるよりも、
5人ぐらいの参加者がそれぞれ、
「生命力がある」
「好きなことにのめりこむ集中力がある」
「元気で活動的」
「活き活き楽しんでいる」
「人と触れ合うのが好きみたい」

などと、微妙に違う言葉でその子どものリソースをあげたほうが、
圧倒的に説得力があります。

「みんな、こんなにたくさんの人がうちの子を素晴らしいと言ってる。
 やっぱり、うちの子にはそんな良さがあるということかしら?
 今まで気づいていなかったけれども。」

なんていう風に思えるわけです。

そうすると、子どもの眺め方そのものが
建設的で前向きなものになり、
今まで問題だと感じていたことが、
あまり問題だとは感じられなくなる。

つまり、自然と問題は解消してしまう。


前回講座のほうが、かなりロジカルにかっちりした話の進め方でした。
今日は、わりとグダグダな感じ。

でも、それでいいのだと思います。
大量のリソース拾いをした場合は、
あとはそれを相手に伝えておけば、
その材料を使って新たに色々と新しいことを始めるから。
ある程度、そのリソースとじっくり向き合い料理する時間を当人に与えてあげる方が、
本人が上手にそのリソースを消化できます。

相談というのは必ずしもゴールにまで導く必要はない。

「あの辺にゴールがありそうですね、
 あっちに向かって走ってみたら、
 まあ、途中、デコボコはしているかもしれないけれども、
 最終的にはゴールに到着しそうですね。
 じゃ、私はこれで……」

という感じでお茶を濁して立ち去るという相談も
なかなかいいものだと思うわけです。

堂々巡りの悪循環ループから一歩踏み出すことを伝えたら、
あとはほうっておく。
そうすると、最後のお手柄は本人のものとして
とっておかれることになるわけです。

「自分で問題を解決したぞ!」感が強いので、
子どもに自己肯定感を持たせたい、なんていうときにも
このリソース発見(リソース拾い)をひたすらやりまくっておけば、
それだけで結構有効です。

お試しあれ。

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第二回 無料教育相談 in Skype 1
2008年04月07日 (月) | 編集 |
今日は第二回無料教育相談でした。

前回の第一回は、
前半30分を使ってぼくがきちんと枠組みを全て説明する。
それからグループカウンセリング形式で
子育てのお悩みを聞いて、
参加者とそれについてあれこれ考える、というスタイルでした。

今回は、第二回目なので、
それとは少し違う形にしてみようと思いました。
第一回とまったく同じ形でやるんだったら、
公開してある音声ファイルを聞けばすむ話ですし。

前回の教育相談を自分で聞きなおしたとき、
随分、自分がしゃべりすぎているなあ、と感じたので
今回は他の参加者さんに色々と意見を求めることを
前回よりもかなり多く取り入れてみました。

ぼくは、

「じゃあ、他の参加者さんにこれについて意見を聞いてみましょう。」

「ええ。なるほどー。」

「ああ!それはいいですね!」

という感じで、
参加者全体に話をふってから、
あとはみなさんの意見を聞く側にまわる。

なんだか、手抜きみたいですが、
その結果、段々と参加者のみなさんの口が軽くなってきて、
自分の発言の番がなかなかやってこないので、(全部で10人いますからね)
音声チャットと並行して行われている
ウラで文字チャットを使って、
色々な会話が交わされていました!

これは前回にはない現象でびっくり!

耳で音声チャットのやり取りを追って理解しつつ、
目で文字チャットのやり取りも読んで、
その意見を反映させる。

この方式はさらに工夫をしたら、
より洗練された面白い形のグループカウンセリングになるかもしれません。


多分、「教育講座」という枠組みとしては
第一回(前回)のほうが話がきれいに整理されてまとまっている。
そして、「グループカウンセリング・教育相談」という枠組みとしては
第二回(今回)のほうが参加者全員が積極的に関わって、
様々なアイディアを出し合った面白い会になった。

そんな気がします。

ぼくは結婚もしていないし、子どももいませんが、
参加者の多くはお子さんがいるお母さんなので、
そういう参加者の意見を取り入れることによって、
実体験に即した説得力のあるアイディアがたくさん出されます。
これを使わない手はありません。

また、複数の人が一つの問題についてコメントするので、
色々な種類の角度からの意見があって、
問題を相談している当事者は、
その中から自分の好みに合う好きなアイディアを取り入れることができます。

一対一カウンセリングだと、
相手が気に入って受け入れてくれるようなアイディアを
きちんと出さなければ、と
ある程度、プレッシャーがかかります。

一方、グループ・カウンセリングはアイディアを出す側が
わりと気楽に自由な気持ちで意見をポンポン出せるので、
多彩なアイディアが出てきます。

これもグループ・カウンセリングのメリットですね。



なんにせよ、俺が1人でしゃべりすぎないで、
とにかく、他の参加者にしゃべらせた方が、
結果としてはうまくいくらしい。

多分、ファシリテーションというのは
こういうことなんでしょう。

まあ、個人的にはあれこれしゃべりたくなりますけどね。
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