日曜日に新宿御苑でお花見をしてきました。
エリクソン読書会メンバー主体のお花見です。
メンバーが作って持ってきてくれた
お料理がおいしいお花見でした。
ありがとうございます!
来年もまたやりたい。やろう。
その後、友人Mのお引越し手伝い。
花見で遊んでからの参加で、
「遅い!」
と怒られたので(笑)、
少しはちゃんと仕事をしようと
荷物の運び込み作業終了後のダンボール開きを
せっせと手伝いました。
ぼくは、ダンボールを開いて、
お皿などをくるんだ新聞紙をはがして、
ひとつずつMに手渡す。
Mはそれを棚に収納していく。
こういう作業は1人でやると多分、5倍ぐらい時間がかかります。
なぜかというと、
「どこに収納すべきか?」
「この品物は捨てずにとっておくべきか、もう捨ててしまうか?」
そういうことをいちいち考え込んでしまうから。
その決断を下すまでに悩む時間がかかります。
また、そういう決断ってささいなことでもけっこう面倒で、
ついつい後回しにしたくなって、
結果として作業を中断して逃避しがちになります。
ところが、作業のパートナーがいると、
どんどんと品物を手渡してくるので、
相手を待たせるわけにはいかないという自然な強制力が働き、
とにかく、その場でパッパと無理やり決断して、
しまうものはしまうし、
捨てるものは捨てるための箱に放り込んでしまう。
途中で休みたくなっても、
パートナーがせっせと品物を渡してくるので、
休もうと言い出すチャンスもなく、結局、黙々と作業してしまう。
相手に休憩を申し出て、許可をもらうという行動自体が
億劫だから、結果として仕事し続けちゃうわけだ。
そして、黙々とダンボール開封作業をやり続けていると、
だんだんとその作業にもリズムが出てきて、
ある種のトランス状態になり、
時間を忘れて黙々と作業し続ける状態ができあがる。
ダンボールがひとつずつ片付いていくのが快感になってくる。
仕事の効率を上げるためには
こういう緩やかな強制力を伴ったパートナーの存在というのは
ぼくみたいな怠け者かつ決断を億劫がって先延ばしにするタイプの人間には
とても重要だったりします。
1人でやった方が効率がいい仕事と、
複数でやったほうが効率がいい仕事というのは、
そうやって、確実に存在するよな。
今回、ぼくは他人のお引越しを手伝う側でした。
ぼくは決断作業担当ではなくて、
ひたすら、ダンボールをあけて、新聞紙をむく係だったので
ものすごく、楽でした。
自分の物を捨てるかどうかを決めるのは辛いけど、
「捨てるか捨てないか決めろ」
と他人に決断をただ迫るだけの役というのは
非常に気楽でいいですね(笑)
きっと、Mはぼくの無言の圧迫を受けて、
決断を連続的に迫られ続けたので
精神的にクタクタになったのではないかと思います。
でも、作業当日は、そんなところに配慮を見せると
作業が遅れて、結果的に後で本人が大変になるだろうから、
「俺がいるうちになるべく作業を進めておいたほうが、
あとで、楽なんじゃないの?」
などと血も涙もないことを言って、
疲れ果てたMに鞭打って、
作業を継続させていたのでありました。
M、お疲れ様(笑)
ああ、俺も自分の部屋を整理しなければ。
誰か、部屋掃除の鬼コーチ役をやってくれないだろうか。
1人でやると、すぐに本を読み始めてしまって
なかなか作業が続かないのですよ……
エリクソン読書会メンバー主体のお花見です。
メンバーが作って持ってきてくれた
お料理がおいしいお花見でした。
ありがとうございます!
来年もまたやりたい。やろう。
その後、友人Mのお引越し手伝い。
花見で遊んでからの参加で、
「遅い!」
と怒られたので(笑)、
少しはちゃんと仕事をしようと
荷物の運び込み作業終了後のダンボール開きを
せっせと手伝いました。
ぼくは、ダンボールを開いて、
お皿などをくるんだ新聞紙をはがして、
ひとつずつMに手渡す。
Mはそれを棚に収納していく。
こういう作業は1人でやると多分、5倍ぐらい時間がかかります。
なぜかというと、
「どこに収納すべきか?」
「この品物は捨てずにとっておくべきか、もう捨ててしまうか?」
そういうことをいちいち考え込んでしまうから。
その決断を下すまでに悩む時間がかかります。
また、そういう決断ってささいなことでもけっこう面倒で、
ついつい後回しにしたくなって、
結果として作業を中断して逃避しがちになります。
ところが、作業のパートナーがいると、
どんどんと品物を手渡してくるので、
相手を待たせるわけにはいかないという自然な強制力が働き、
とにかく、その場でパッパと無理やり決断して、
しまうものはしまうし、
捨てるものは捨てるための箱に放り込んでしまう。
途中で休みたくなっても、
パートナーがせっせと品物を渡してくるので、
休もうと言い出すチャンスもなく、結局、黙々と作業してしまう。
相手に休憩を申し出て、許可をもらうという行動自体が
億劫だから、結果として仕事し続けちゃうわけだ。
そして、黙々とダンボール開封作業をやり続けていると、
だんだんとその作業にもリズムが出てきて、
ある種のトランス状態になり、
時間を忘れて黙々と作業し続ける状態ができあがる。
ダンボールがひとつずつ片付いていくのが快感になってくる。
仕事の効率を上げるためには
こういう緩やかな強制力を伴ったパートナーの存在というのは
ぼくみたいな怠け者かつ決断を億劫がって先延ばしにするタイプの人間には
とても重要だったりします。
1人でやった方が効率がいい仕事と、
複数でやったほうが効率がいい仕事というのは、
そうやって、確実に存在するよな。
今回、ぼくは他人のお引越しを手伝う側でした。
ぼくは決断作業担当ではなくて、
ひたすら、ダンボールをあけて、新聞紙をむく係だったので
ものすごく、楽でした。
自分の物を捨てるかどうかを決めるのは辛いけど、
「捨てるか捨てないか決めろ」
と他人に決断をただ迫るだけの役というのは
非常に気楽でいいですね(笑)
きっと、Mはぼくの無言の圧迫を受けて、
決断を連続的に迫られ続けたので
精神的にクタクタになったのではないかと思います。
でも、作業当日は、そんなところに配慮を見せると
作業が遅れて、結果的に後で本人が大変になるだろうから、
「俺がいるうちになるべく作業を進めておいたほうが、
あとで、楽なんじゃないの?」
などと血も涙もないことを言って、
疲れ果てたMに鞭打って、
作業を継続させていたのでありました。
M、お疲れ様(笑)
ああ、俺も自分の部屋を整理しなければ。
誰か、部屋掃除の鬼コーチ役をやってくれないだろうか。
1人でやると、すぐに本を読み始めてしまって
なかなか作業が続かないのですよ……
generated by feedpath Rabbit
明日の催眠誘導講座では、
自分の催眠誘導を録画しておこうと思います。
今後、あんまりやる機会もないでしょうから。
その画像をいずれなにかに使えるかもしれないし。
そこで、デジタルビデオカメラを買おうと思います。
ネットであれこれ眺めてみたら、
どうも三洋のやつが、
コンパクトでよさそうですね。
自分の催眠誘導を録画しておこうと思います。
今後、あんまりやる機会もないでしょうから。
その画像をいずれなにかに使えるかもしれないし。
そこで、デジタルビデオカメラを買おうと思います。
ネットであれこれ眺めてみたら、
どうも三洋のやつが、
コンパクトでよさそうですね。
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先日、某カウンセラー夫妻と飲んでいて出た話題。
「イライラがたまる」「ストレスがたまる」
なんていう表現があります。
これって、「イライラ」とか「ストレス」を水とかみたいな
質量を持ったエネルギー体のように捉える表現です。
多分、整体とかヨガとか身体と心の相関関係を扱うようなジャンルの人たちや、
世間一般の人たちは、
こういう説明がしっくりくるんじゃないかと思います。
ぼくは、心を便宜上、エネルギー的、質量的に語ることはあっても、
どうも本質的にはあまりそのようには捉えていないらしい、と
その会話の中で気付きました。
毎晩、ダンナの帰りが遅い、
影でなにかコソコソやっている!
そうやって、日々、イライラを貯めている奥さんがいたとする。
イライラも限界、今日こそは深夜にコッソリ返ってくるダンナをつかまえて、
不満をぶちまけて、離婚届もつきつけてやる!
そう待ち構えているところに、
ダンナがちょっといびつな犬小屋を抱えて帰って来た。
「いや、今日はうちのポチを拾ってきて一周年だろ。
いつも、お前はポチをかわいがって世話をしてくれているのに
俺は、仕事が忙しくて散歩にすら、
なかなか連れて行ってやれないから、
せめて犬小屋ぐらいは作ってやろうと思って
会社の帰りに実家によって
大工道具を引っ張り出して作ってみてたんだ。
作り始めたはいいけど、完成しなかったら恥ずかしいし、
いきなり完成品を見せたほうが驚くかもと思って、
今まで黙って作っていたんだけど。」
そんな風に言われた瞬間、
ポチを我が子以上にかわいがっていた妻は、
そんな風にポチに愛情を注ぐダンナに対して、
今まで溜め込んでいた怒りとイライラは吹き飛んで、
喜びと愛情を強く感じるかもしれません。
このときって、質量的に「イライラ」を考えれば、
犬小屋を見せられ、夫の言葉を聞いている最中に、
キューっとイライラの水位が下がり、
「喜び」の水位がビューっと上がったということになります。
ぼくは、あまりそういう風には感覚的には捉えていません。
妻はダンナの隠密行動の目的と結果を知らされた瞬間に、
今までの「イライラ」がくるっと180度反転して、
「喜び」に変わったという感じの受け止め方です。
計算式みたいな感じ。
「夜コソコソ帰ってくる」という行動の理由が、
「浮気」によるものではなく、
「ポチと自分のため」によるものだったとわかったことが、
計算式で言う「−(マイナス)」の働きを持って、
掛け算される感じ。
いっきに、くるっと正反対の感情にひっくり返る。
このとき、ぼくは心を質量的に捉えるというよりは
極めて情報的、意味的、記号的に捉えています。
物理的な質量はないわけだ。そこに。
ナラティブセラピストなんかはどっちかというと、
こういう発想をどこかベースにもっていて、
相手の「しゃべり方」を変えてしまうと、
勝手に感情の持っていた意味・情報の質が変わってしまう、
と考えてるんじゃないのかな。
そして、こういう発想の出所は、
当然、グレゴリー・ベイトソン由来のものなわけですね。
「プレローマ」と「クレアトゥーラ」という概念を使って、
ベイトソンはそれを説明します。
プレローマとは、
ビリヤードボールをキューでつつくと、
その力を受けてボールが転がって、他のボールにぶつかる。
すると、そのぶつかったボールが衝撃を受け取って、
また、動き始める。
このような力と衝撃と質量の世界。
物理的世界。
クレアトゥーラとは、
差異をうむ差異が情報として伝達される世界。
携帯電話で会話をするとき、
僕らが受話器に対して発した声は、
空気の振動として受話器に伝わる。
その振動は電気信号として変換され、
今度は電波として飛んでいく。
途中、いくつかの受信局を経由して、
相手の携帯電話にその電波が受信されると、
再び、携帯電話は音声の振動の形に
情報を戻し、
それが携帯電話にくっつけた耳の鼓膜を振動させ、
それが、今度は脳内を走る微弱な電流に変換され、
聞いた人は相手のメッセージを受け取る。
途中でどのような素材を経て情報が伝わってきたとしても、
素材自体は情報の内容には関係がなくて、
情報自体は空気振動のパターンとか
電波のパターンとか、
物理的な形ではなくパターンとしてやり取りされる。
ある情報の差異が次の情報の差異を生み出し、
それが伝言ゲームのように伝えられていく。
人間の精神活動も
このように情報理論で扱うべきであって、
物理的に扱うべきではないというのが
ベイトソンの主張になります。
ぼくは、わりとその影響を知らず知らずのうちにモロに受けているので、
世間一般では当たり前とされる「心を物質的に扱う」という発想に
「ん?」
と一瞬、違和感を覚えるのでしょう。
リフレーミングなんていう作業も
精神活動を情報的、記号的、意味的に扱っているから
あんまり違和感なく使うんだろうな。
あとは単に自分がいわゆる「ストレス発散」とかが苦手だからかもしれない。
ストレスの原因となっている問題が
解決するなり、自分の中でどうでもよいものと感じられない限りは、
たとえ運動しようが、カラオケしようが、人と飲んで会話しようが、
あんまり「イライラ」度って変わらないんですよね。
なんかのきっかけで、
「ま、そんなことどうでもいっか。」
って思えたらその瞬間に一気に「イライラ」は消え去っちゃうけど。
あまり、「イライラ」とか「ストレス」を物理的、量的に感じることが
もともと多くないんですよね。
限界までガマンしてそこでキレる!とか。
こういうことも今後は少していねいに勉強しておかないといけないな。
感情の処理、ストレスの処理、みたいな問題。
実際問題として、ストレスがたまると
脳内伝達物質のほにゃららが増大し、
その状態では感情が不安定になり……
みたいな話であれば、
ある程度、物質的な問題として解決すべきだろうし。
まあ、まだよくその辺の詳しい仕組みはわかっていないというのが
現状なのではないかという気はしますが。
「イライラがたまる」「ストレスがたまる」
なんていう表現があります。
これって、「イライラ」とか「ストレス」を水とかみたいな
質量を持ったエネルギー体のように捉える表現です。
多分、整体とかヨガとか身体と心の相関関係を扱うようなジャンルの人たちや、
世間一般の人たちは、
こういう説明がしっくりくるんじゃないかと思います。
ぼくは、心を便宜上、エネルギー的、質量的に語ることはあっても、
どうも本質的にはあまりそのようには捉えていないらしい、と
その会話の中で気付きました。
毎晩、ダンナの帰りが遅い、
影でなにかコソコソやっている!
そうやって、日々、イライラを貯めている奥さんがいたとする。
イライラも限界、今日こそは深夜にコッソリ返ってくるダンナをつかまえて、
不満をぶちまけて、離婚届もつきつけてやる!
そう待ち構えているところに、
ダンナがちょっといびつな犬小屋を抱えて帰って来た。
「いや、今日はうちのポチを拾ってきて一周年だろ。
いつも、お前はポチをかわいがって世話をしてくれているのに
俺は、仕事が忙しくて散歩にすら、
なかなか連れて行ってやれないから、
せめて犬小屋ぐらいは作ってやろうと思って
会社の帰りに実家によって
大工道具を引っ張り出して作ってみてたんだ。
作り始めたはいいけど、完成しなかったら恥ずかしいし、
いきなり完成品を見せたほうが驚くかもと思って、
今まで黙って作っていたんだけど。」
そんな風に言われた瞬間、
ポチを我が子以上にかわいがっていた妻は、
そんな風にポチに愛情を注ぐダンナに対して、
今まで溜め込んでいた怒りとイライラは吹き飛んで、
喜びと愛情を強く感じるかもしれません。
このときって、質量的に「イライラ」を考えれば、
犬小屋を見せられ、夫の言葉を聞いている最中に、
キューっとイライラの水位が下がり、
「喜び」の水位がビューっと上がったということになります。
ぼくは、あまりそういう風には感覚的には捉えていません。
妻はダンナの隠密行動の目的と結果を知らされた瞬間に、
今までの「イライラ」がくるっと180度反転して、
「喜び」に変わったという感じの受け止め方です。
計算式みたいな感じ。
「夜コソコソ帰ってくる」という行動の理由が、
「浮気」によるものではなく、
「ポチと自分のため」によるものだったとわかったことが、
計算式で言う「−(マイナス)」の働きを持って、
掛け算される感じ。
いっきに、くるっと正反対の感情にひっくり返る。
このとき、ぼくは心を質量的に捉えるというよりは
極めて情報的、意味的、記号的に捉えています。
物理的な質量はないわけだ。そこに。
ナラティブセラピストなんかはどっちかというと、
こういう発想をどこかベースにもっていて、
相手の「しゃべり方」を変えてしまうと、
勝手に感情の持っていた意味・情報の質が変わってしまう、
と考えてるんじゃないのかな。
そして、こういう発想の出所は、
当然、グレゴリー・ベイトソン由来のものなわけですね。
「プレローマ」と「クレアトゥーラ」という概念を使って、
ベイトソンはそれを説明します。
プレローマとは、
ビリヤードボールをキューでつつくと、
その力を受けてボールが転がって、他のボールにぶつかる。
すると、そのぶつかったボールが衝撃を受け取って、
また、動き始める。
このような力と衝撃と質量の世界。
物理的世界。
クレアトゥーラとは、
差異をうむ差異が情報として伝達される世界。
携帯電話で会話をするとき、
僕らが受話器に対して発した声は、
空気の振動として受話器に伝わる。
その振動は電気信号として変換され、
今度は電波として飛んでいく。
途中、いくつかの受信局を経由して、
相手の携帯電話にその電波が受信されると、
再び、携帯電話は音声の振動の形に
情報を戻し、
それが携帯電話にくっつけた耳の鼓膜を振動させ、
それが、今度は脳内を走る微弱な電流に変換され、
聞いた人は相手のメッセージを受け取る。
途中でどのような素材を経て情報が伝わってきたとしても、
素材自体は情報の内容には関係がなくて、
情報自体は空気振動のパターンとか
電波のパターンとか、
物理的な形ではなくパターンとしてやり取りされる。
ある情報の差異が次の情報の差異を生み出し、
それが伝言ゲームのように伝えられていく。
人間の精神活動も
このように情報理論で扱うべきであって、
物理的に扱うべきではないというのが
ベイトソンの主張になります。
ぼくは、わりとその影響を知らず知らずのうちにモロに受けているので、
世間一般では当たり前とされる「心を物質的に扱う」という発想に
「ん?」
と一瞬、違和感を覚えるのでしょう。
リフレーミングなんていう作業も
精神活動を情報的、記号的、意味的に扱っているから
あんまり違和感なく使うんだろうな。
あとは単に自分がいわゆる「ストレス発散」とかが苦手だからかもしれない。
ストレスの原因となっている問題が
解決するなり、自分の中でどうでもよいものと感じられない限りは、
たとえ運動しようが、カラオケしようが、人と飲んで会話しようが、
あんまり「イライラ」度って変わらないんですよね。
なんかのきっかけで、
「ま、そんなことどうでもいっか。」
って思えたらその瞬間に一気に「イライラ」は消え去っちゃうけど。
あまり、「イライラ」とか「ストレス」を物理的、量的に感じることが
もともと多くないんですよね。
限界までガマンしてそこでキレる!とか。
こういうことも今後は少していねいに勉強しておかないといけないな。
感情の処理、ストレスの処理、みたいな問題。
実際問題として、ストレスがたまると
脳内伝達物質のほにゃららが増大し、
その状態では感情が不安定になり……
みたいな話であれば、
ある程度、物質的な問題として解決すべきだろうし。
まあ、まだよくその辺の詳しい仕組みはわかっていないというのが
現状なのではないかという気はしますが。
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今日、T氏と会話していて、
彼の元教え子の大学受験合否の話題になった。
どうやら、その教え子は第一志望に落ちたらしく、
その進路はあきらめたらしい。
そして、T氏はそのことに心を痛めているのか、心配しているのか、
その辺の心の機微はぼくにはよくはわからないのだけど、
その話題をたくさん話していたので、
多分、T氏にとっては重要な関心事だったのだと思う。
ぼくは受験産業に身を置いておきながら、
極端なまでに生徒の進路に興味がない。
勉強すれば受かるし、
勉強が足りなければ落ちるわけだけど、
別に受かった方がいいのか、
落ちた方がいいのかはぼくにはわからない。
進路が変われば出会う人も変わる。
環境も変わる。
世界に対する興味の持ち方も変わる。
すると、当然、結果として人生も変わる。
だから、進路の結果というのはそれぞれの人生に
大きな影響を与えるのだと思う。
その影響がいい方向への影響なのか、
悪い方向への影響なのかは、
実際のところはなかなか予想がつかない。
だから、あまり進路の結果に興味がないのだ。
T氏いわく、それは確かにそうなのだけど、
当人は合格したい、目指したいと思っていたわけだから、
その気持ちを考えると、
そこから立ち直れるだろうかと心配になる、とのこと。
そして、そこを心配してあげることで
今度、仮に彼に会う機会があったとしたら、
そのときの彼と自分との関係がよいものになるのだそうだ。
心の状態は言動に自然と表れるので、
これは確かにその通りなのだと思う。
でも、関係をよくとるために、
意図的にそのような心配する心の状態を作り出す、
という感覚ではないらしい。
これをT氏は「親心」と表現する。
確かにぼくにはこの「親心」メンタリティが激しく欠如している。
T氏とぼくの「親心」の有無について思いをめぐらしていて、
至った一つの結論。
やはりぼくは個人の意識とか感情とかいうものに、
あんまり重きをおいていないのだと思う。
個人の人間の意識だとか感情だとかを越えた
もっと大きな世界の流れや運命のようなものがあって、
人間はそれぞれそこに乗っかっている。
喜ぼうが、悲しもうが、まあ、とにかくにも、なるようになる。
そして、普通はそれがどのようになるかは予想できない。
激流をいかだで流されているのだけど、
先には大きな滝が待っているかもしれない。
でも、そんなこと考えていても役には立たないから、
とりあえず、目の前に迫ってくる岩をどうやって避けるか考えよう。
滝に落ちなくたって、岩に当たればいかだは壊れちゃうかもしれない。
「とにかく、やれることをやろう。
やれることに全ての思考エネルギーも行動エネルギーも投下しよう。」
というのがどうもぼくの発想らしい。
「相手に対して役立つ働きかけとはどのようなものだろうか?」
ということは、多分、普通の人よりも
相当しつこく(笑)ずーっと考えていられるんだけど、
「ああ、試験に落ちてしまってかわいそうに…」
とかはなかなか考えていられないのはそのせいみたい。
それはきっと、
「役立つものは素晴らしい。役立つものは美しい。」
という極めてプラグマティックな世界観に美学を見出しているからで、
つまるところは好みの問題なのだろうなとおもう。
いつでも
「どうやったら、この状況をなるべくプラスに活かせるだろうか?」
という風に考える癖があるから、
生徒が試験に落ちたと聞いたら、その瞬間から、
「試験に落ちたという状況をどのように活かすと
その子の今後の人生にプラスにつながるかな?」
って考え出してしまって、親心モードが発動する暇がないのではないか。
そんな風に考えた次第です。
世の中には親心モードを発動させられる人の方が多いだろうから、
ぼくは少数派として、
状況を利用する方法を考え、提案することに特化するのが、
世のため、人のためになる分業方法なのかもね。
彼の元教え子の大学受験合否の話題になった。
どうやら、その教え子は第一志望に落ちたらしく、
その進路はあきらめたらしい。
そして、T氏はそのことに心を痛めているのか、心配しているのか、
その辺の心の機微はぼくにはよくはわからないのだけど、
その話題をたくさん話していたので、
多分、T氏にとっては重要な関心事だったのだと思う。
ぼくは受験産業に身を置いておきながら、
極端なまでに生徒の進路に興味がない。
勉強すれば受かるし、
勉強が足りなければ落ちるわけだけど、
別に受かった方がいいのか、
落ちた方がいいのかはぼくにはわからない。
進路が変われば出会う人も変わる。
環境も変わる。
世界に対する興味の持ち方も変わる。
すると、当然、結果として人生も変わる。
だから、進路の結果というのはそれぞれの人生に
大きな影響を与えるのだと思う。
その影響がいい方向への影響なのか、
悪い方向への影響なのかは、
実際のところはなかなか予想がつかない。
だから、あまり進路の結果に興味がないのだ。
T氏いわく、それは確かにそうなのだけど、
当人は合格したい、目指したいと思っていたわけだから、
その気持ちを考えると、
そこから立ち直れるだろうかと心配になる、とのこと。
そして、そこを心配してあげることで
今度、仮に彼に会う機会があったとしたら、
そのときの彼と自分との関係がよいものになるのだそうだ。
心の状態は言動に自然と表れるので、
これは確かにその通りなのだと思う。
でも、関係をよくとるために、
意図的にそのような心配する心の状態を作り出す、
という感覚ではないらしい。
これをT氏は「親心」と表現する。
確かにぼくにはこの「親心」メンタリティが激しく欠如している。
T氏とぼくの「親心」の有無について思いをめぐらしていて、
至った一つの結論。
やはりぼくは個人の意識とか感情とかいうものに、
あんまり重きをおいていないのだと思う。
個人の人間の意識だとか感情だとかを越えた
もっと大きな世界の流れや運命のようなものがあって、
人間はそれぞれそこに乗っかっている。
喜ぼうが、悲しもうが、まあ、とにかくにも、なるようになる。
そして、普通はそれがどのようになるかは予想できない。
激流をいかだで流されているのだけど、
先には大きな滝が待っているかもしれない。
でも、そんなこと考えていても役には立たないから、
とりあえず、目の前に迫ってくる岩をどうやって避けるか考えよう。
滝に落ちなくたって、岩に当たればいかだは壊れちゃうかもしれない。
「とにかく、やれることをやろう。
やれることに全ての思考エネルギーも行動エネルギーも投下しよう。」
というのがどうもぼくの発想らしい。
「相手に対して役立つ働きかけとはどのようなものだろうか?」
ということは、多分、普通の人よりも
相当しつこく(笑)ずーっと考えていられるんだけど、
「ああ、試験に落ちてしまってかわいそうに…」
とかはなかなか考えていられないのはそのせいみたい。
それはきっと、
「役立つものは素晴らしい。役立つものは美しい。」
という極めてプラグマティックな世界観に美学を見出しているからで、
つまるところは好みの問題なのだろうなとおもう。
いつでも
「どうやったら、この状況をなるべくプラスに活かせるだろうか?」
という風に考える癖があるから、
生徒が試験に落ちたと聞いたら、その瞬間から、
「試験に落ちたという状況をどのように活かすと
その子の今後の人生にプラスにつながるかな?」
って考え出してしまって、親心モードが発動する暇がないのではないか。
そんな風に考えた次第です。
世の中には親心モードを発動させられる人の方が多いだろうから、
ぼくは少数派として、
状況を利用する方法を考え、提案することに特化するのが、
世のため、人のためになる分業方法なのかもね。
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先日、行った「第1回 無料教育相談 in Skype」の音声ファイルを
今、せっせとアップしています。
とりあえず、最初のイントロをアップしました。
http://www.voiceblog.jp/mentane/
(音声ファイルがリンク先にあります。)
いつも友人から、
「お前はいったい何の仕事をしてるんだ?」
と尋ねられて困っています。
最近は両親からも
「お前はいったい何の仕事をしてるんだ?」
と尋ねられて困っています。
これを聞いてもらえれば、
なにをやっているのか一目瞭然!
そういうわけで、ぼくのお父さん、お母さん、聴いて下さい。
ぼくはこういう仕事をしているのですよ!
で、だいたい反応の予想がつく。
母は、
「これって、私がいつも言ってることじゃないの。」
って、なにをいまさらってしたり顔できっと言うんです。
そりゃそうだよ。
そういう教育受けて育ってきた結果、
こういう人間になったわけで。
この講座の第2回目があります。
2008年04月07日(月曜日20時〜23時)です。
スカイプ無料教育講座 あまりに好評につき第二弾!!
http://mixi.jp/view_event.pl?id=29217757&comm_id=70575
から参加申し込みしてね。
mixi参加してない人は
toiawase@mentane.net
までメールしてください。
自分で言うのもなんですが、面白いです(笑)
パソコンとヘッドセットさえあれば、
パジャマでも参加できるので、お手軽です。
是非、みなさん参加してね。
今、せっせとアップしています。
とりあえず、最初のイントロをアップしました。
http://www.voiceblog.jp/mentane/
(音声ファイルがリンク先にあります。)
いつも友人から、
「お前はいったい何の仕事をしてるんだ?」
と尋ねられて困っています。
最近は両親からも
「お前はいったい何の仕事をしてるんだ?」
と尋ねられて困っています。
これを聞いてもらえれば、
なにをやっているのか一目瞭然!
そういうわけで、ぼくのお父さん、お母さん、聴いて下さい。
ぼくはこういう仕事をしているのですよ!
で、だいたい反応の予想がつく。
母は、
「これって、私がいつも言ってることじゃないの。」
って、なにをいまさらってしたり顔できっと言うんです。
そりゃそうだよ。
そういう教育受けて育ってきた結果、
こういう人間になったわけで。
この講座の第2回目があります。
2008年04月07日(月曜日20時〜23時)です。
スカイプ無料教育講座 あまりに好評につき第二弾!!
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から参加申し込みしてね。
mixi参加してない人は
toiawase@mentane.net
までメールしてください。
自分で言うのもなんですが、面白いです(笑)
パソコンとヘッドセットさえあれば、
パジャマでも参加できるので、お手軽です。
是非、みなさん参加してね。
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この前の日記の続き。
昨日の読書会のぼくのパートでは、
先日の無料教育講座ワークシートを配布し、
実際にその枠組みに沿って、
読書会のぼく以外のメンバーに
相談に乗ってもらうというのを
実験的にやってみてもらいました。
よくできた構造のワークシートなんで、
「これを使えば、誰でも簡単に問題解決!」
と、都合よくいくかどうかの確認ですね。
まあ、世の中、そうはうまくいかないのだけど。
そこで、判明したことが、
この前の日記で書いたことだったんです。
つまり、望みについて問う質問をしても、
クライアント側がその質問にストレートに答えないで、
関係ない答えを返して話がそれていくことがある。
そのようなときに、
それた相手の話を一度、上手に断ち切って、
もう一度、規定路線の上にのせなおす作業というのがあるのだけど、
そこが上手にできないみたいです。
それに対する京助の提案は、
「たとえば、○○という望みもあるだろうし、
△△という望みかもしれないけれども、
どのようなものですか?」
と、いくつか望みの具体例を出してあげる、というものでした。
これは、実際に効果的ですね。
ぼくもよく使う。
もう少し、ひねくれたやり方としては
わざと相手が考えていないであろう間違えた望みを
こちらが具体例として提示するというのもあります。
「ほうほう。お子さんがお母さんの言いなりになるように、
そういう子育ての仕方が上手にできればいいですかね?」
「いや、そうじゃないんです。
言いなりでは困るんですけど……
そうですね、悪いことは悪い、ときちんと理解してもらいたいんです。」
正しい具体例にせよ、間違えた具体例にせよ、
具体例を出すことによって、
このような形式の回答を待っていますよ、というメッセージを
相手にきちんと伝えることができる。
さらに、正しい具体例を出したときには、
「そうそう!そうなんです!」
と相手と自分との関係をより強化できる。
わざと間違えた具体例を出す効果は、
人間って間違えたものは思わず「訂正したい!」っていう気持ちが
強く働きますから、
訂正するためには正しい自分の望みを具体的に述べなければならない。
あまり、自分の望みをはっきりと語りたがらないようなクライアントに対して、
わざと突拍子もない変な望みをこちらが勘違いして出してあげれば、
それを正すために、思わず自分の具体的望みを述べてしまう。
わざと間違えるという種類のダブルバインドになってるわけです。
あと、悩みを語りたがる人たちは、
話の切れ目を作らず、
延々と話し続ける傾向がありますから、
相手の息継ぎのタイミングを見つけて、
そこにスパッと割って入らないといけない。
息を吸いながら話し続けられる人は
この世にいませんから、
相手が息を吸うタイミングでこちらは口をはさむわけです。
この辺も強引じゃない性格の人だと入るには入れない。
これはトレーニングでしょうね。
あとは、
「今まで色々うかがっているうちに、
いくつか質問したいことがでてきたんですけれども、
ちょっといいですか?」
と質問をさせてもらう許可を取る。
これも、相手の話をいったん断ち切るのに有効です。
いきなり、質問内容を述べるのではなくて、
質問してもいいかどうかを質問するというのがポイント。
「質問してもいいですか?」という問いに対しては
誰でもたいていはYESでかえします。
「いや、質問の前にとにかく私の話を聞いてください!」
って言い切る人は滅多にいません。
で、自分で、「はい。どうぞ。」と答えてしまった手前、
「無理やり話を断ち切られた!」という風にも感じない。
さらに、質問することを許可したということは、
なかば、それとセットにして、
質問に答えることも受け入れた、ということです。
だから、質問の内容にちゃんと答えてくれる可能性が
グンと高まります。
一体、そんな前置きをしてまでする質問ってなんだろう?
って相手の興味も悩み自体から、
質問の内容へとシフトしますから、
話題を変えるためのつなぎにはもってこいです。
とりあえず、話題をリセットするための技術として、
いくつか、思い当たるものを書いてみました。
大技として、
「すみません。ちょっとトイレいってきます!」
っていって、
戻ってきたら違う話題をするっていうのも
ありますけど(笑)
昨日の読書会のぼくのパートでは、
先日の無料教育講座ワークシートを配布し、
実際にその枠組みに沿って、
読書会のぼく以外のメンバーに
相談に乗ってもらうというのを
実験的にやってみてもらいました。
よくできた構造のワークシートなんで、
「これを使えば、誰でも簡単に問題解決!」
と、都合よくいくかどうかの確認ですね。
まあ、世の中、そうはうまくいかないのだけど。
そこで、判明したことが、
この前の日記で書いたことだったんです。
つまり、望みについて問う質問をしても、
クライアント側がその質問にストレートに答えないで、
関係ない答えを返して話がそれていくことがある。
そのようなときに、
それた相手の話を一度、上手に断ち切って、
もう一度、規定路線の上にのせなおす作業というのがあるのだけど、
そこが上手にできないみたいです。
それに対する京助の提案は、
「たとえば、○○という望みもあるだろうし、
△△という望みかもしれないけれども、
どのようなものですか?」
と、いくつか望みの具体例を出してあげる、というものでした。
これは、実際に効果的ですね。
ぼくもよく使う。
もう少し、ひねくれたやり方としては
わざと相手が考えていないであろう間違えた望みを
こちらが具体例として提示するというのもあります。
「ほうほう。お子さんがお母さんの言いなりになるように、
そういう子育ての仕方が上手にできればいいですかね?」
「いや、そうじゃないんです。
言いなりでは困るんですけど……
そうですね、悪いことは悪い、ときちんと理解してもらいたいんです。」
正しい具体例にせよ、間違えた具体例にせよ、
具体例を出すことによって、
このような形式の回答を待っていますよ、というメッセージを
相手にきちんと伝えることができる。
さらに、正しい具体例を出したときには、
「そうそう!そうなんです!」
と相手と自分との関係をより強化できる。
わざと間違えた具体例を出す効果は、
人間って間違えたものは思わず「訂正したい!」っていう気持ちが
強く働きますから、
訂正するためには正しい自分の望みを具体的に述べなければならない。
あまり、自分の望みをはっきりと語りたがらないようなクライアントに対して、
わざと突拍子もない変な望みをこちらが勘違いして出してあげれば、
それを正すために、思わず自分の具体的望みを述べてしまう。
わざと間違えるという種類のダブルバインドになってるわけです。
あと、悩みを語りたがる人たちは、
話の切れ目を作らず、
延々と話し続ける傾向がありますから、
相手の息継ぎのタイミングを見つけて、
そこにスパッと割って入らないといけない。
息を吸いながら話し続けられる人は
この世にいませんから、
相手が息を吸うタイミングでこちらは口をはさむわけです。
この辺も強引じゃない性格の人だと入るには入れない。
これはトレーニングでしょうね。
あとは、
「今まで色々うかがっているうちに、
いくつか質問したいことがでてきたんですけれども、
ちょっといいですか?」
と質問をさせてもらう許可を取る。
これも、相手の話をいったん断ち切るのに有効です。
いきなり、質問内容を述べるのではなくて、
質問してもいいかどうかを質問するというのがポイント。
「質問してもいいですか?」という問いに対しては
誰でもたいていはYESでかえします。
「いや、質問の前にとにかく私の話を聞いてください!」
って言い切る人は滅多にいません。
で、自分で、「はい。どうぞ。」と答えてしまった手前、
「無理やり話を断ち切られた!」という風にも感じない。
さらに、質問することを許可したということは、
なかば、それとセットにして、
質問に答えることも受け入れた、ということです。
だから、質問の内容にちゃんと答えてくれる可能性が
グンと高まります。
一体、そんな前置きをしてまでする質問ってなんだろう?
って相手の興味も悩み自体から、
質問の内容へとシフトしますから、
話題を変えるためのつなぎにはもってこいです。
とりあえず、話題をリセットするための技術として、
いくつか、思い当たるものを書いてみました。
大技として、
「すみません。ちょっとトイレいってきます!」
っていって、
戻ってきたら違う話題をするっていうのも
ありますけど(笑)
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昨日の読書会には京助が参加しました。
京助はミラノ派のシステミック・アプローチについて
その治療枠組みのとり方について、
色々と話をしてくれました。
月に1回というペース、
全部で10回以内という回数を
最初にきちんと決めてしまうのが
一番、治療効率がよい、というのが
ミラノ派の考えらしい。
実際にデータを取ったらそういうことになったみたい。
月に1回というペースに関しては
非常に納得がいきます。
家族システムが変化するのに要する時間って
やっぱり、そんなもんでしょう。
また、ミラノ派では、
一回の面接時間は60分という風に決めています。
60分といっても、実際は、終わりの15分間は、
マジックミラーの後ろ側で面接様子を見ていたカウンセラーと、
面接室の中にいたカウンセラーとで
ごにょごにょと相談する時間および課題を出す時間なので、
面接自体の時間は45分です。
先日、やってみた無料教育相談内での公開カウンセリングは、
やっぱり、だいたい一人、30分以内で終了しました。
確かに45分とっておけば、十分ですね。
ちなみにカウンセリングにかかる時間が
長くなったり短くなったりする一番の要因はどこか?というと、
クライアントがどれだけ、自分の悩みや不安について
たくさん語りたがるかという点です。
多くのブリーフ・セラピストは問題を解決することに興味があるので、
クライアントの悩みや不安についてはそれほど興味を払わず、
(もちろん、関係壊さない程度には聞く)
わりとサクサクっと、
「で、どうなりたいの?」
と相手の望みを知りたがります。
相手の望みを知ることができたら、
「こんなことをやってみたらどうでしょう?」
と具体的な介入課題を
ポンと出してしまって終わりですから、
時間的にはそんなにかからない。
延びる時間というのは、
この筋からそれて話が脱線した分です。
そして、脱線の仕方というのは十中八九、
「自分がいかに悩んでいるか、
周りの人間がいかにダメな人たちか」
という風に、
問題がうまく行ったあとの解決像ではなく、
現在の問題像を詳細に描き出すのに使われます。
問題像を丁寧にきくことで、
問題が起こされている一連の出来事の流れを知って、
解決に役立たせられる可能性もあります。
だから、一概に問題像を聞くことは無駄だとは
限らないのですが、
クライアントが語るようにだけ聞いていると、
だいたい解決にはつながりません。
だって、今まで散々、そうやって考えてきて
その結果、解決しないから
ここに相談に来ているわけで。
そこで、各種質問を使って、
クライアントに色々と語ってもらう語り方に
微妙な変化を与えて、
解決のために役立ちそうな情報を語ってもらう流れへと
誘導していきます。
「いままでに、お子さんと関わった中で、
どんなことをやったときに、比較的うまくいきましたか?」
とかね。
いきなり、うまくいった例を聞くと抵抗が強い。
うまくいった例を答えたがらない。
そんなときには、
あえて、うまくいかなかった例を最初に聞いておいて、
次に反対側のうまくいった例を聞く、という
順番にするとわりと話してもらえやすくなります。
・上手くいかなかった例
・上手くいった例
というのを対比的に両方扱うのは
ものすごく自然ですから。
で、うまくいかなかった例に関しては、
今後、その戦略を採用するのはやめましょう、と利用し、
うまくいった例に関しては
今後、もっとその戦略を積極的に採用しましょう、と利用する。
ぼくはそうやって話の流れを変えるのに、
もっぱら質問を利用しています。
この質問の使い方が上手いか下手かで、
面接時間が相当、変わると思われます。
その話は次の日記で。
京助はミラノ派のシステミック・アプローチについて
その治療枠組みのとり方について、
色々と話をしてくれました。
月に1回というペース、
全部で10回以内という回数を
最初にきちんと決めてしまうのが
一番、治療効率がよい、というのが
ミラノ派の考えらしい。
実際にデータを取ったらそういうことになったみたい。
月に1回というペースに関しては
非常に納得がいきます。
家族システムが変化するのに要する時間って
やっぱり、そんなもんでしょう。
また、ミラノ派では、
一回の面接時間は60分という風に決めています。
60分といっても、実際は、終わりの15分間は、
マジックミラーの後ろ側で面接様子を見ていたカウンセラーと、
面接室の中にいたカウンセラーとで
ごにょごにょと相談する時間および課題を出す時間なので、
面接自体の時間は45分です。
先日、やってみた無料教育相談内での公開カウンセリングは、
やっぱり、だいたい一人、30分以内で終了しました。
確かに45分とっておけば、十分ですね。
ちなみにカウンセリングにかかる時間が
長くなったり短くなったりする一番の要因はどこか?というと、
クライアントがどれだけ、自分の悩みや不安について
たくさん語りたがるかという点です。
多くのブリーフ・セラピストは問題を解決することに興味があるので、
クライアントの悩みや不安についてはそれほど興味を払わず、
(もちろん、関係壊さない程度には聞く)
わりとサクサクっと、
「で、どうなりたいの?」
と相手の望みを知りたがります。
相手の望みを知ることができたら、
「こんなことをやってみたらどうでしょう?」
と具体的な介入課題を
ポンと出してしまって終わりですから、
時間的にはそんなにかからない。
延びる時間というのは、
この筋からそれて話が脱線した分です。
そして、脱線の仕方というのは十中八九、
「自分がいかに悩んでいるか、
周りの人間がいかにダメな人たちか」
という風に、
問題がうまく行ったあとの解決像ではなく、
現在の問題像を詳細に描き出すのに使われます。
問題像を丁寧にきくことで、
問題が起こされている一連の出来事の流れを知って、
解決に役立たせられる可能性もあります。
だから、一概に問題像を聞くことは無駄だとは
限らないのですが、
クライアントが語るようにだけ聞いていると、
だいたい解決にはつながりません。
だって、今まで散々、そうやって考えてきて
その結果、解決しないから
ここに相談に来ているわけで。
そこで、各種質問を使って、
クライアントに色々と語ってもらう語り方に
微妙な変化を与えて、
解決のために役立ちそうな情報を語ってもらう流れへと
誘導していきます。
「いままでに、お子さんと関わった中で、
どんなことをやったときに、比較的うまくいきましたか?」
とかね。
いきなり、うまくいった例を聞くと抵抗が強い。
うまくいった例を答えたがらない。
そんなときには、
あえて、うまくいかなかった例を最初に聞いておいて、
次に反対側のうまくいった例を聞く、という
順番にするとわりと話してもらえやすくなります。
・上手くいかなかった例
・上手くいった例
というのを対比的に両方扱うのは
ものすごく自然ですから。
で、うまくいかなかった例に関しては、
今後、その戦略を採用するのはやめましょう、と利用し、
うまくいった例に関しては
今後、もっとその戦略を積極的に採用しましょう、と利用する。
ぼくはそうやって話の流れを変えるのに、
もっぱら質問を利用しています。
この質問の使い方が上手いか下手かで、
面接時間が相当、変わると思われます。
その話は次の日記で。
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今日はスカイプを使って、
無料教育講座というのをやりました。
初の試みにしてはなかなかの出来だったと
自分ではとっても満足。
何が満足って面白かったんだよね。
ぼくが。
面白いって重要です。
当初2時間の予定でしたが、
まあ、なかば確信犯的に延長するつもりでした。
結局、3時間30分ぐらいやった。
前半、30分程度を今日の後半の教育相談のときに使う、
問題解決のための枠組みの説明にあて、
残りの時間は、
参加者のみなさんがそれぞれもちよってくれた相談を
一つ一つ、その枠組みに沿って理解し、処理していく感じ。
今日の講座で使うために用意してみた問題解決のための枠組みは
結構、使い勝手がよかったです。
開始30分前ぐらいにふと思いついて、
問題解決ワークシートなるものを
あわてて単なるテキストファイルで作ってみたのだけど、
これも喜んでもらえたようでよかったです。
多分、この問題解決ツールであれば、
わりと一般の人も広く利用できるんじゃないだろうか?
そんなに難しい話はないし。
自分の望みと相手の望みを一致させれば、
その先に問題解決の道が見えます。以上。
それだけだから。
特に親子関係に代表されるような、
2者間、3者間など複数の人間の間に生じる
人間関係上の問題構造を理解するには
なかなかよくできたツールとなってくれました。
単に個人だけの問題って
悩みとしてはあまり多くないような気もする。
「あの人が思い通りに動いてくれないから困っている。」
といったように、
何らかの形で他者が関わる悩みのほうが、
世の中にはたくさんあって、しかも解決がちょっとやっかい。
ぼくは、いつも家庭教師の仕事の場合、
ぼく→子ども
ぼく→親→子ども
という二つの経路を持っていて、
状況に応じてこの二本の経路を使い分けながら
仕事をするのだけれども、
今日のように親御さんたちだけを集めた会だと、
ぼく→親→子ども
というルート一本になります。
つまり、子どもとは顔もあわせたことがないし、
性格も特徴も何もわからないという状況で
相談に乗ることになる。
そして、スカイプ相談というのも初めてだったので、
顔が見えない相談を初めてしました。
アナログな人間なんで、
基本的に目の前に人間がいないと結構不安なのです。
その辺、微妙にスリリングでして、
完全に一つ一つの言葉に頼るしかない。
でも、そのわりにはというか、
だからこそというか、
システマチックに一つ一つ問題を片付けていけた気がします。
全て論理的に話を進めていけた。
勘とひらめきに頼ったカウンセリングは、
再現性が低いのであまりよろしくない。
今日はきちっと筋道立てて話を進めていき、
なおかつ、何らかの形で
「とりあえず、こんなことやってみたら?」
というところまで話がいけたので、
個人的にはなかなか満足なカウンセリングでした。
まあ、ぼくのやっているものを
カウンセリングと呼ぶのかどうかは自分でもよくわからないけど。
コーチをやっているたまちゃんからは、
コーチングみたいですよね、と言われたし。
仕事柄、あんまりヘビーなお話は扱わないしね。
「心の癒し」みたいな作業をするわけでもない。
クライアント泣かすなんてもってのほかだけど、
笑いすぎて笑い泣きさせるのは光栄のきわみ。
そういう教育相談ですから。
ま、ブリーフセラピストはみんなそういう傾向強いか。
あと、どうでもいいことですが、
今日、やっていて思ったのは
このカウンセリングではきっとお金にならないなあ、ということ(笑)
多分、多くの場合は1回、
1回で解決しなくても3〜4回以内には
9割方、当面の目の前にある問題は解決しそうな気がする。
逆にそれ以上ひっぱると、
こっちが罪悪感を覚えてしまうし、
それ以上ひっぱってもだめであれば、
今のぼくの技量ではきっともっと長く面接を続けても
やっぱりだめなんじゃないか、とも思う。
長期間面接を続けるカウンセリングのやり方を僕は知らない。
長期間、やる人たちって、一体、なにをやっていて
何を話しているんだろうか?
クライアントもドロップしないのがすごいよな。
不登校・引きこもりに対する働きかけとかは
多分、ぼくでも普通に長期間になりそうだけど。
そういうわけで、日頃、読書会に参加しているカウンセラーの皆さん。
あんまりエリクソンをやりすぎると、
解決がやたらと早くなるのでお商売上困るかもしれません。
気をつけてください(笑)
一人一人の問題を解決することが目的ではなくて、
それぞれの参加者が、
問題解決を自分でするための枠組みを理解し、
使えるようにする、というのが今日の会の目的なので、
その辺に関しては及第点を自分にあげてもいいな。
うん。
でも、なによりも一番の成功の原因は、
今日、参加してくれた参加者の方のレベルが
非常に高かったということにつきるんですよね。
本当は。
ぼくが上手かったのではなくて、
皆さん、大変に飲み込みが早く、
話をきちんと理解してくれていたので、
あの枠組みに沿ってぼくの話を理解し、うなづいてくれた。
もう、それにつきると思います。
今回、この企画を主催してくれたたまちゃん、
参加してくれた皆さん、
本当にありがとうございました。
気をよくした僕は第2回をまたすぐにやる予定です。
4月7日 (月) 20:00〜23:00になるはず。
今回は夜でーす。
興味がある方はみんなドシドシ参加してね。
無料教育講座というのをやりました。
初の試みにしてはなかなかの出来だったと
自分ではとっても満足。
何が満足って面白かったんだよね。
ぼくが。
面白いって重要です。
当初2時間の予定でしたが、
まあ、なかば確信犯的に延長するつもりでした。
結局、3時間30分ぐらいやった。
前半、30分程度を今日の後半の教育相談のときに使う、
問題解決のための枠組みの説明にあて、
残りの時間は、
参加者のみなさんがそれぞれもちよってくれた相談を
一つ一つ、その枠組みに沿って理解し、処理していく感じ。
今日の講座で使うために用意してみた問題解決のための枠組みは
結構、使い勝手がよかったです。
開始30分前ぐらいにふと思いついて、
問題解決ワークシートなるものを
あわてて単なるテキストファイルで作ってみたのだけど、
これも喜んでもらえたようでよかったです。
多分、この問題解決ツールであれば、
わりと一般の人も広く利用できるんじゃないだろうか?
そんなに難しい話はないし。
自分の望みと相手の望みを一致させれば、
その先に問題解決の道が見えます。以上。
それだけだから。
特に親子関係に代表されるような、
2者間、3者間など複数の人間の間に生じる
人間関係上の問題構造を理解するには
なかなかよくできたツールとなってくれました。
単に個人だけの問題って
悩みとしてはあまり多くないような気もする。
「あの人が思い通りに動いてくれないから困っている。」
といったように、
何らかの形で他者が関わる悩みのほうが、
世の中にはたくさんあって、しかも解決がちょっとやっかい。
ぼくは、いつも家庭教師の仕事の場合、
ぼく→子ども
ぼく→親→子ども
という二つの経路を持っていて、
状況に応じてこの二本の経路を使い分けながら
仕事をするのだけれども、
今日のように親御さんたちだけを集めた会だと、
ぼく→親→子ども
というルート一本になります。
つまり、子どもとは顔もあわせたことがないし、
性格も特徴も何もわからないという状況で
相談に乗ることになる。
そして、スカイプ相談というのも初めてだったので、
顔が見えない相談を初めてしました。
アナログな人間なんで、
基本的に目の前に人間がいないと結構不安なのです。
その辺、微妙にスリリングでして、
完全に一つ一つの言葉に頼るしかない。
でも、そのわりにはというか、
だからこそというか、
システマチックに一つ一つ問題を片付けていけた気がします。
全て論理的に話を進めていけた。
勘とひらめきに頼ったカウンセリングは、
再現性が低いのであまりよろしくない。
今日はきちっと筋道立てて話を進めていき、
なおかつ、何らかの形で
「とりあえず、こんなことやってみたら?」
というところまで話がいけたので、
個人的にはなかなか満足なカウンセリングでした。
まあ、ぼくのやっているものを
カウンセリングと呼ぶのかどうかは自分でもよくわからないけど。
コーチをやっているたまちゃんからは、
コーチングみたいですよね、と言われたし。
仕事柄、あんまりヘビーなお話は扱わないしね。
「心の癒し」みたいな作業をするわけでもない。
クライアント泣かすなんてもってのほかだけど、
笑いすぎて笑い泣きさせるのは光栄のきわみ。
そういう教育相談ですから。
ま、ブリーフセラピストはみんなそういう傾向強いか。
あと、どうでもいいことですが、
今日、やっていて思ったのは
このカウンセリングではきっとお金にならないなあ、ということ(笑)
多分、多くの場合は1回、
1回で解決しなくても3〜4回以内には
9割方、当面の目の前にある問題は解決しそうな気がする。
逆にそれ以上ひっぱると、
こっちが罪悪感を覚えてしまうし、
それ以上ひっぱってもだめであれば、
今のぼくの技量ではきっともっと長く面接を続けても
やっぱりだめなんじゃないか、とも思う。
長期間面接を続けるカウンセリングのやり方を僕は知らない。
長期間、やる人たちって、一体、なにをやっていて
何を話しているんだろうか?
クライアントもドロップしないのがすごいよな。
不登校・引きこもりに対する働きかけとかは
多分、ぼくでも普通に長期間になりそうだけど。
そういうわけで、日頃、読書会に参加しているカウンセラーの皆さん。
あんまりエリクソンをやりすぎると、
解決がやたらと早くなるのでお商売上困るかもしれません。
気をつけてください(笑)
一人一人の問題を解決することが目的ではなくて、
それぞれの参加者が、
問題解決を自分でするための枠組みを理解し、
使えるようにする、というのが今日の会の目的なので、
その辺に関しては及第点を自分にあげてもいいな。
うん。
でも、なによりも一番の成功の原因は、
今日、参加してくれた参加者の方のレベルが
非常に高かったということにつきるんですよね。
本当は。
ぼくが上手かったのではなくて、
皆さん、大変に飲み込みが早く、
話をきちんと理解してくれていたので、
あの枠組みに沿ってぼくの話を理解し、うなづいてくれた。
もう、それにつきると思います。
今回、この企画を主催してくれたたまちゃん、
参加してくれた皆さん、
本当にありがとうございました。
気をよくした僕は第2回をまたすぐにやる予定です。
4月7日 (月) 20:00〜23:00になるはず。
今回は夜でーす。
興味がある方はみんなドシドシ参加してね。
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ぼくの二つのサイト、
「めんたね」
http://mentane.net/
「めんたねEducation」
http://education.mentane.net/
が未だにgoogleに登録されません。
ブログは登録されたんだけどね。
とりあえず、ブログを複数作っておいたのは
正解だったかもしれない。
実際はgoogleにこの二つのサイトが登録されても、
これといった検索ワードがないので、
あんまり意味ないんだけどね。
ぼくのやっていることをどんな検索ワードで
特徴付ければいいというのだろう?
自分でよくわからない。
まあ、とにかく、意味がないとしても
一応、googleに登録されたかどうかは気になるもので、
「めんたね」とgoogle検索してみます。
すると、ずらっと心当たりのあるサイトが並びます。
だいたい、ぼくの知り合いがリンクで紹介してくれたページとか、
ぼくのブログとか、
メルマガのバックナンバーページとか、
過去に受けた外部サイトのインタビュー記事とか。
その中に、
カンリニンブログ
http://blog.sociono.net/?eid=715896
という見慣れない名前のブログがあって、
ちょっとクリックをしてみると、
めんたねサイト内の
小悪魔ちゃんはなぜもてるのか?
http://mentane.net/skills/pg27.html
という記事を面白い、と紹介してくれていました。
知り合いではなくて、まったく面識がない方が
ぼくの文章だけを読んで面白いといってくれて、
わざわざ紹介してもらえるのはとてもうれしいですね。
昨日、今日と風邪を引いて熱を出しているのですが、
とても元気になった♪
「めんたね」
http://mentane.net/
「めんたねEducation」
http://education.mentane.net/
が未だにgoogleに登録されません。
ブログは登録されたんだけどね。
とりあえず、ブログを複数作っておいたのは
正解だったかもしれない。
実際はgoogleにこの二つのサイトが登録されても、
これといった検索ワードがないので、
あんまり意味ないんだけどね。
ぼくのやっていることをどんな検索ワードで
特徴付ければいいというのだろう?
自分でよくわからない。
まあ、とにかく、意味がないとしても
一応、googleに登録されたかどうかは気になるもので、
「めんたね」とgoogle検索してみます。
すると、ずらっと心当たりのあるサイトが並びます。
だいたい、ぼくの知り合いがリンクで紹介してくれたページとか、
ぼくのブログとか、
メルマガのバックナンバーページとか、
過去に受けた外部サイトのインタビュー記事とか。
その中に、
カンリニンブログ
http://blog.sociono.net/?eid=715896
という見慣れない名前のブログがあって、
ちょっとクリックをしてみると、
めんたねサイト内の
小悪魔ちゃんはなぜもてるのか?
http://mentane.net/skills/pg27.html
という記事を面白い、と紹介してくれていました。
知り合いではなくて、まったく面識がない方が
ぼくの文章だけを読んで面白いといってくれて、
わざわざ紹介してもらえるのはとてもうれしいですね。
昨日、今日と風邪を引いて熱を出しているのですが、
とても元気になった♪
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裁判を傍聴しに行かないか?と
友人に誘われ行ってきました。
裁判所に行くのは初めて。
今日、見たのは「暴行」「殺人」「覚せい剤」「覚せい剤」という感じで
四件ほど見ました。
もっと法に従って事務的にやるのかと思いきや、
判事は被告人に説教を始めるは、
弁護士は自分の手続き上の不手際で不利になっておきながら、
検察側に筋の通らないいちゃもんをつけて、
逆切れするは、
殺人を犯したおばあちゃんは、
判事の発言に対して
「私は耳が遠いのでもっと大きな声ではっきり話してください!」
といきなり大声で要求して、
意表をつかれた判事がムッとしてるは……
すごい場所だな、裁判所。
腕の悪い弁護士をひくと、実際、判決上かなり不利そうです。
裁判のときにはある程度腕の立つ弁護士をたてたほうが、
絶対にいいよ。
印象で判決左右されるね、こりゃ。
裁判所というのは、
判事や検事、弁護士も含めて、
ちょっと普通ではない濃い人間がたくさん集まっていて、
法廷の一つ一つに人間模様があるのだなあ、と
あれこれ、考えました。
是非、裁判を傍聴したことない人は
一度は行ってみて!
友人に誘われ行ってきました。
裁判所に行くのは初めて。
今日、見たのは「暴行」「殺人」「覚せい剤」「覚せい剤」という感じで
四件ほど見ました。
もっと法に従って事務的にやるのかと思いきや、
判事は被告人に説教を始めるは、
弁護士は自分の手続き上の不手際で不利になっておきながら、
検察側に筋の通らないいちゃもんをつけて、
逆切れするは、
殺人を犯したおばあちゃんは、
判事の発言に対して
「私は耳が遠いのでもっと大きな声ではっきり話してください!」
といきなり大声で要求して、
意表をつかれた判事がムッとしてるは……
すごい場所だな、裁判所。
腕の悪い弁護士をひくと、実際、判決上かなり不利そうです。
裁判のときにはある程度腕の立つ弁護士をたてたほうが、
絶対にいいよ。
印象で判決左右されるね、こりゃ。
裁判所というのは、
判事や検事、弁護士も含めて、
ちょっと普通ではない濃い人間がたくさん集まっていて、
法廷の一つ一つに人間模様があるのだなあ、と
あれこれ、考えました。
是非、裁判を傍聴したことない人は
一度は行ってみて!
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今日は、スポーツクラブでHiphop初級クラスというのに
参加してきました。
ヘイ、ヨー、メーン?
って人たちが多いのかなと、
参加するのに二の足を踏んでいたのですが、
いざ、スタジオにはいってみると、
なんか、普通の運動できる格好をした人たちに混じり、
仮装した女の子が6人ぐらいます。
は?なんじゃこりゃ?
先生の話によると、
今日はマイケル・ジャクソンのスリラーをやるので、
仮装してきてもらったとのこと。
ホーーーーー!ホーーーーー!(マイケル風に)
マイケルにはうるさいよ、俺は!
音楽に目覚めたきっかけですから。
それもスリラー!
小学校三年生のとき、
なぜか、小学校の視聴覚室で学校の先生が
スリラーのビデオを見せてくれて以来、
洋楽街道一直線。
おかげで、いまだにカラオケに行くと
邦楽を知らないので歌う曲に困るのです。
スリラー最高。
まさか、初めて参加したHiphop初級クラスで
スリラーを習えるとは!
もうね、一緒に行ったT氏とともに大興奮。
ものすごく楽しかった!
そんなわけで、今もyoutubeを見ながら、
マイケル・ジャクソンの腰の動きを研究中。
今週一週間は突然、ホーーーーー!とかアウッ!とか
叫んでターンし始めるかもしれませんが、
別におかしくなったわけではありません。
ヒップホップなんてどうでもいいから、
毎回、マイケル・ジャクソンやってくれないかな。
みんなも大喜びしてたことだし。
今日のレッスン前はT氏と
「今日はヒップホップということで、B−BOY語縛りで行きましょうか?めーん?」
「くーる!」
とかやろうと思っていたのですが、
マイケルの衝撃にそんなことは吹き飛ばされてしまいました。ポウッ!
これからはマイケル縛りで決定です。タッ!アーーーーオゥッ!
参加してきました。
ヘイ、ヨー、メーン?
って人たちが多いのかなと、
参加するのに二の足を踏んでいたのですが、
いざ、スタジオにはいってみると、
なんか、普通の運動できる格好をした人たちに混じり、
仮装した女の子が6人ぐらいます。
は?なんじゃこりゃ?
先生の話によると、
今日はマイケル・ジャクソンのスリラーをやるので、
仮装してきてもらったとのこと。
ホーーーーー!ホーーーーー!(マイケル風に)
マイケルにはうるさいよ、俺は!
音楽に目覚めたきっかけですから。
それもスリラー!
小学校三年生のとき、
なぜか、小学校の視聴覚室で学校の先生が
スリラーのビデオを見せてくれて以来、
洋楽街道一直線。
おかげで、いまだにカラオケに行くと
邦楽を知らないので歌う曲に困るのです。
スリラー最高。
まさか、初めて参加したHiphop初級クラスで
スリラーを習えるとは!
もうね、一緒に行ったT氏とともに大興奮。
ものすごく楽しかった!
そんなわけで、今もyoutubeを見ながら、
マイケル・ジャクソンの腰の動きを研究中。
今週一週間は突然、ホーーーーー!とかアウッ!とか
叫んでターンし始めるかもしれませんが、
別におかしくなったわけではありません。
ヒップホップなんてどうでもいいから、
毎回、マイケル・ジャクソンやってくれないかな。
みんなも大喜びしてたことだし。
今日のレッスン前はT氏と
「今日はヒップホップということで、B−BOY語縛りで行きましょうか?めーん?」
「くーる!」
とかやろうと思っていたのですが、
マイケルの衝撃にそんなことは吹き飛ばされてしまいました。ポウッ!
これからはマイケル縛りで決定です。タッ!アーーーーオゥッ!
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人間関係の悩みを相談されることがちょこちょこあります。
そのとき、相手の話を聞きながら、ふと思ったこと。
ぼくは基本的に人間関係の悩みがない。
滅多に悩みに感じることがない。
それは、多分、他者に対するあきらめが無茶苦茶早いから。
他者に対して「こうあらねばならない・こうあるべきだ」という(should)を持っていると、
現実の他者がその(should)の通りではないとき、
そこに苦しみが生まれる。
この苦しみは「悩み」の特徴だ。
ぼくは他者に「こうあらねばならない・こうあるべきだ」という(should)を
要求することをほとんどあきらめている。
そもそも、相手がぼくの考える(should)にお付き合いしなければならない理由も
そうそう見つからない。
一方、ぼくは他者に対して「こうであってほしい」という願望(want)は
ハッキリと持っている。
多分、普通の人よりたくさん持っている。
「指導している子どもの知的好奇心を引き出せたらうれしいなあ。」とか。
単なる願望なので、その願望がかなえられなければならない、という理由はない。
望みの一部はかなうし、一部はかなわない。
かなわない望みの中には原理的に絶対にかないっこない望みもある。
「指導している子どもの知的好奇心を引き出せたらうれしいけれども、
必ずしもそれは引き出されるわけでもないし、
子どもにはぼくの期待にこたえる義務があるわけでもない」と考えている。
その状態で、「どうしたら望みがかなうだろうか?」とあれこれ考え、工夫することは
単なる「疑問や興味」だ。
疑問や興味には苦痛が伴わない。
望みには「かなわない」可能性が最初から前提としてあるからだ。
「絶対にこうであるべき姿」というものが仮定されていないので、
理想どおりにならなくても苦しくない。
「どうやったら、この子はもっと賢くなるだろうか?」
そういう風に考えて工夫するときに苦しさはない。
賢くならない可能性も受け入れちゃって、
申し訳ない気もするけど、ま、仕方がないですね、と
あっさりあきらめちゃうからだ。
でも、働きかけは続ける。
いつか、成果がでるかもしれないからね。
should(〜すべき)が多い人ほど、
単なる「疑問や興味」が苦しみを伴った「悩み」へと変わる。
ぼくは他者に対してなんらかのshouldを要求することは
原理的に不可能だとあきらめている。
だから、人間関係における悩みはなくなってしまう。
そこで、疑問に思うのは
「(should)というのはどこでどのように作り上げられるのか?」
ということだ。
その原理がハッキリとわかれば、
少しは悩みの解消に役立つかもしれない。
どうも、子ども自体の育ち方とか環境は影響しているようだけど、
ハッキリしたことは今の僕にはわからない。
そういう研究とかが探せばどこかにあるのかもしれない。
我が家の両親はまったくもってぼくの思い通りにならない人たちだったので、
他人とは自分の思い通りにならないものである、と
小さいときに体の感覚として身につけたのであろうか?
このへんは謎。
ちなみに、自分自身に関しては
普通の人と同じように「こうであらねばならない」という感覚はあります。
だから、自分自身に関しては、ある程度、普通に悩みがあります。
今はちょっと太りすぎだからもっとやせなきゃ、とかね。
まあ、でも、あんまり苦しんでないか。
wantとshouldはハッキリ分かれるのではなくて、
グラデーションを描いてwantの気持ちが強くなればなるほど、
should的になっていくのだろう。
自分に対しても全ての(should)を捨てたら、どうなるのだろう?
ひょっとしたら、完全な社会不適応者になったりして。
悟りきった禅宗のお坊さんとかそんな感じなのかな?
凡人である僕にはちょっとまだ想像がつきません。
そのとき、相手の話を聞きながら、ふと思ったこと。
ぼくは基本的に人間関係の悩みがない。
滅多に悩みに感じることがない。
それは、多分、他者に対するあきらめが無茶苦茶早いから。
他者に対して「こうあらねばならない・こうあるべきだ」という(should)を持っていると、
現実の他者がその(should)の通りではないとき、
そこに苦しみが生まれる。
この苦しみは「悩み」の特徴だ。
ぼくは他者に「こうあらねばならない・こうあるべきだ」という(should)を
要求することをほとんどあきらめている。
そもそも、相手がぼくの考える(should)にお付き合いしなければならない理由も
そうそう見つからない。
一方、ぼくは他者に対して「こうであってほしい」という願望(want)は
ハッキリと持っている。
多分、普通の人よりたくさん持っている。
「指導している子どもの知的好奇心を引き出せたらうれしいなあ。」とか。
単なる願望なので、その願望がかなえられなければならない、という理由はない。
望みの一部はかなうし、一部はかなわない。
かなわない望みの中には原理的に絶対にかないっこない望みもある。
「指導している子どもの知的好奇心を引き出せたらうれしいけれども、
必ずしもそれは引き出されるわけでもないし、
子どもにはぼくの期待にこたえる義務があるわけでもない」と考えている。
その状態で、「どうしたら望みがかなうだろうか?」とあれこれ考え、工夫することは
単なる「疑問や興味」だ。
疑問や興味には苦痛が伴わない。
望みには「かなわない」可能性が最初から前提としてあるからだ。
「絶対にこうであるべき姿」というものが仮定されていないので、
理想どおりにならなくても苦しくない。
「どうやったら、この子はもっと賢くなるだろうか?」
そういう風に考えて工夫するときに苦しさはない。
賢くならない可能性も受け入れちゃって、
申し訳ない気もするけど、ま、仕方がないですね、と
あっさりあきらめちゃうからだ。
でも、働きかけは続ける。
いつか、成果がでるかもしれないからね。
should(〜すべき)が多い人ほど、
単なる「疑問や興味」が苦しみを伴った「悩み」へと変わる。
ぼくは他者に対してなんらかのshouldを要求することは
原理的に不可能だとあきらめている。
だから、人間関係における悩みはなくなってしまう。
そこで、疑問に思うのは
「(should)というのはどこでどのように作り上げられるのか?」
ということだ。
その原理がハッキリとわかれば、
少しは悩みの解消に役立つかもしれない。
どうも、子ども自体の育ち方とか環境は影響しているようだけど、
ハッキリしたことは今の僕にはわからない。
そういう研究とかが探せばどこかにあるのかもしれない。
我が家の両親はまったくもってぼくの思い通りにならない人たちだったので、
他人とは自分の思い通りにならないものである、と
小さいときに体の感覚として身につけたのであろうか?
このへんは謎。
ちなみに、自分自身に関しては
普通の人と同じように「こうであらねばならない」という感覚はあります。
だから、自分自身に関しては、ある程度、普通に悩みがあります。
今はちょっと太りすぎだからもっとやせなきゃ、とかね。
まあ、でも、あんまり苦しんでないか。
wantとshouldはハッキリ分かれるのではなくて、
グラデーションを描いてwantの気持ちが強くなればなるほど、
should的になっていくのだろう。
自分に対しても全ての(should)を捨てたら、どうなるのだろう?
ひょっとしたら、完全な社会不適応者になったりして。
悟りきった禅宗のお坊さんとかそんな感じなのかな?
凡人である僕にはちょっとまだ想像がつきません。
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もうだめです。
人間として。
告知文とかの事ばっかり考えていたら、
日常のブログのタイトルまで、
いかにも定型化したその手のタイトルになってしまいました。
頭の中が単線仕様なので、
一つのことを考え始めたら、
しばらくずーっとそればっかり考えてしまいます。
さて、今日はパソコンに張り付く生活に嫌気が差して、
夜にバスケットボールをしてきました。
ゲームに参加して10分ぐらいで、
右手親指を突き指しました。
本日の営業、これにて終了。
まあ、シュート練習とかを20分ぐらいやってたから、合計30分。
片道25分の道のりを自転車でリンリンと往復したので、
往復50分。
あわせて、80分の運動って考えたら、
実はこれでこれで十分じゃない?
「怪我しない」をテーマに手抜きをしてバスケをしているのに、
それでもやっぱり怪我するよ。
で、タイトルの話です。
体育館に到着したら、某AさんとMさんの2人の女子がいました。
そこで、ぼくはおもむろにズボンを下ろしてパンツ姿になりました。
いや、接続詞を間違った。
別に2人の女子がいたから、パンツ姿になったわけではない。
日本語は正確に使いましょう。
接続詞の間違い一つで周りからの誤解を招き、
転落人生がまっているかもしれない。
単に運動できる短パンとTシャツに着替えたというだけです。
別に見せても減るものではないので
その辺はとってもオープンマインドな私です。
そうしたら、2人から厳しいツッコミをうけました。
「そのパンツださーい!」
「ベッドインの時、それだと萎えるよね!」
「もっとさ、人に見せるときぐらい、ボクサーパンツとかにしなよ!」
「ビキニタイプとかさ!」
ぼくのパンツは常に5年もののよれよれトランクスです。
穴が開かない限り買い換えません。
今日は発見だった。
そうかー。トランクスはださいのか。
でもさ、ブリーフはな。蒸れるんだよ。
俺はいつでも緩くルーズに生きたいんだ。
人生もパンツも。
そこで、次からは同じトランクスでも
デザインにこだわろうと思います。
浮世絵デザインの奴とかな。
キティちゃん柄とかもきっと探せばあるだろう。
目指せ、ベッドin時に女性を萎えさせないパンツオシャレ。
人間として。
告知文とかの事ばっかり考えていたら、
日常のブログのタイトルまで、
いかにも定型化したその手のタイトルになってしまいました。
頭の中が単線仕様なので、
一つのことを考え始めたら、
しばらくずーっとそればっかり考えてしまいます。
さて、今日はパソコンに張り付く生活に嫌気が差して、
夜にバスケットボールをしてきました。
ゲームに参加して10分ぐらいで、
右手親指を突き指しました。
本日の営業、これにて終了。
まあ、シュート練習とかを20分ぐらいやってたから、合計30分。
片道25分の道のりを自転車でリンリンと往復したので、
往復50分。
あわせて、80分の運動って考えたら、
実はこれでこれで十分じゃない?
「怪我しない」をテーマに手抜きをしてバスケをしているのに、
それでもやっぱり怪我するよ。
で、タイトルの話です。
体育館に到着したら、某AさんとMさんの2人の女子がいました。
そこで、ぼくはおもむろにズボンを下ろしてパンツ姿になりました。
いや、接続詞を間違った。
別に2人の女子がいたから、パンツ姿になったわけではない。
日本語は正確に使いましょう。
接続詞の間違い一つで周りからの誤解を招き、
転落人生がまっているかもしれない。
単に運動できる短パンとTシャツに着替えたというだけです。
別に見せても減るものではないので
その辺はとってもオープンマインドな私です。
そうしたら、2人から厳しいツッコミをうけました。
「そのパンツださーい!」
「ベッドインの時、それだと萎えるよね!」
「もっとさ、人に見せるときぐらい、ボクサーパンツとかにしなよ!」
「ビキニタイプとかさ!」
ぼくのパンツは常に5年もののよれよれトランクスです。
穴が開かない限り買い換えません。
今日は発見だった。
そうかー。トランクスはださいのか。
でもさ、ブリーフはな。蒸れるんだよ。
俺はいつでも緩くルーズに生きたいんだ。
人生もパンツも。
そこで、次からは同じトランクスでも
デザインにこだわろうと思います。
浮世絵デザインの奴とかな。
キティちゃん柄とかもきっと探せばあるだろう。
目指せ、ベッドin時に女性を萎えさせないパンツオシャレ。
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ここしばらく、自分がやるイベントとかサービスとかの内容を
周りの人に知らせる文章を書く機会が多いです。
この前、新しく作ったウェブサイトの中に書いた文章は
ほとんど全てサービス内容の説明です。
今度、やる予定のスカイプによる無料子育てオープンカウンセリングなんかも、
告知する日記を書くのはサービス内容の説明、ということになります。
サービスというのは別に無料とか有料とか関係ありません。
「今度、飲み会やるから、来ませんか?」
なんていう普通の遊びの誘いも
サービスの説明のようなことが必要になります。
(正しくはなんと言えばいいのだろう?こういうのは。)
いつ、どこで、だれと、どんなことをして、
それをするとどんな風に楽しくて、
参加すると楽しめる人はどんな人か?
それをなるべくわかりやすく書いた遊びの誘いには
人が集まりやすい。
いざ、書いてみるとなかなか大変です。
何が大変って、実際はサービスの内容って
そんなにはっきり明確に決めてない部分が多いんですよね。
文章にして書こうとしたときに、
その曖昧な部分がはじめて見える。
「今度、花見やりますよ。みんなきてね♪」
だけでは、
「行く行く!」
って二つ返事で参加してくれる人は多くない。
同じ花見にしても、
主にどんな人たちが集まる花見なのか、とか
花見の開催場所の環境はどうなのか、サクラはきれいに見えるのか、とか
みんながガンガン飲んでへべれけになるような感じなのか、
それとも風流にお茶菓子などをいただきながら短歌を詠むような感じなのか、とか。
それを説明する文章を書こうとする段になって、
はじめて、
「あ、そういうことについて特に考えてなかったー。」
って気づくことが、
僕の場合は大変に多い。
日頃、普通にしてるといつでも
「まあ、その場の空気次第でなるようになるでしょー」
っていう適当な性格そのままで企画を立てちゃいますから。
そうすると、サービス内容の説明を
あれこれ考えながら書いているうちに、
「あ、こういうことを俺はしようとしてたんだ。
それだったら、こういうことをサービス内容に追加したらもっといいね。」
なんていう風に、サービス内容がどんどん変わっていきます。
だから、サービス内容の説明をきちんと相手に伝わるように書く、というのは
サービスの内容自体を考えて作ることと、
僕の場合はかなり重なる。
いや、ほとんどイコールだったりします。
そう考えてみると、サービスの説明を書くのに時間がかかるのは
もっともなことなのかもしれないな。
だって、サービスの内容をその場で考えて作っているのだから。
そして、この作業をていねいにやることで、
サービスの内容が充実していくわけだから、
サービス内容の説明文は
時間の許す限り、ていねいにきちんと書いたほうがいいのだろうな。
と、「スカイプによる無料子育てオープンカウンセリング」の告知文を
書き直す作業から逃避して、
日記を書いてみるのであった。
書かなければいけないものがあると、
それとは別のものを書きたくなるのはなぜなんだろう?
周りの人に知らせる文章を書く機会が多いです。
この前、新しく作ったウェブサイトの中に書いた文章は
ほとんど全てサービス内容の説明です。
今度、やる予定のスカイプによる無料子育てオープンカウンセリングなんかも、
告知する日記を書くのはサービス内容の説明、ということになります。
サービスというのは別に無料とか有料とか関係ありません。
「今度、飲み会やるから、来ませんか?」
なんていう普通の遊びの誘いも
サービスの説明のようなことが必要になります。
(正しくはなんと言えばいいのだろう?こういうのは。)
いつ、どこで、だれと、どんなことをして、
それをするとどんな風に楽しくて、
参加すると楽しめる人はどんな人か?
それをなるべくわかりやすく書いた遊びの誘いには
人が集まりやすい。
いざ、書いてみるとなかなか大変です。
何が大変って、実際はサービスの内容って
そんなにはっきり明確に決めてない部分が多いんですよね。
文章にして書こうとしたときに、
その曖昧な部分がはじめて見える。
「今度、花見やりますよ。みんなきてね♪」
だけでは、
「行く行く!」
って二つ返事で参加してくれる人は多くない。
同じ花見にしても、
主にどんな人たちが集まる花見なのか、とか
花見の開催場所の環境はどうなのか、サクラはきれいに見えるのか、とか
みんながガンガン飲んでへべれけになるような感じなのか、
それとも風流にお茶菓子などをいただきながら短歌を詠むような感じなのか、とか。
それを説明する文章を書こうとする段になって、
はじめて、
「あ、そういうことについて特に考えてなかったー。」
って気づくことが、
僕の場合は大変に多い。
日頃、普通にしてるといつでも
「まあ、その場の空気次第でなるようになるでしょー」
っていう適当な性格そのままで企画を立てちゃいますから。
そうすると、サービス内容の説明を
あれこれ考えながら書いているうちに、
「あ、こういうことを俺はしようとしてたんだ。
それだったら、こういうことをサービス内容に追加したらもっといいね。」
なんていう風に、サービス内容がどんどん変わっていきます。
だから、サービス内容の説明をきちんと相手に伝わるように書く、というのは
サービスの内容自体を考えて作ることと、
僕の場合はかなり重なる。
いや、ほとんどイコールだったりします。
そう考えてみると、サービスの説明を書くのに時間がかかるのは
もっともなことなのかもしれないな。
だって、サービスの内容をその場で考えて作っているのだから。
そして、この作業をていねいにやることで、
サービスの内容が充実していくわけだから、
サービス内容の説明文は
時間の許す限り、ていねいにきちんと書いたほうがいいのだろうな。
と、「スカイプによる無料子育てオープンカウンセリング」の告知文を
書き直す作業から逃避して、
日記を書いてみるのであった。
書かなければいけないものがあると、
それとは別のものを書きたくなるのはなぜなんだろう?
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「めんたね」「めんたねEducation」のオープンを果たし、
新ブログも開設し、
メルマガの復刊も果たしました。
新しくことをおこすための準備立てが完了したところで、
次になにをやるべきかわからなくなりました。
そこで、一昨日の夜、マインドマップを書きながら、
GTDの手続きの第一ステップ、
「やるべきことの収集」作業を改めてやったら、
昨日、今日で随分仕事がはかどっています。
一番、やりたくなかった仕事、
催眠コミュニケーション講座の会場予約も今日無事完了しました。
会場確保のような作業がぼくにとって一番苦痛なのは、一体なぜだろうか?
不確定な将来の物事に対して、決断を迫られる不安と、
触ったことのない新しいシステムを理解しなければならないめんどくささなのかな。
飲み会の幹事とかのめんどくささと似てる。
飲み放題にするかしないか、
店は何人で予約するのか、
ドタキャンが出たらどうするか。
そういや、GTDをきちんと回しているときには
ぼくはやたらと飲み会とか勉強会を主催していました。
GTDを回してるととにかく遊びが忙しくなるんだ。これが。
GTDの力を借りなければ遊びの企画をすることすらおっくうなんだな。
しばらく、慣れてない作業をていねいにやり続けて、
そういうことが苦痛に感じないぐらいには
体を慣らしておいたほうが、
なにかと今後も便利かもしれないですね。
★自慢をかねた告知
第4回 催眠コミュニケーション入門講座
http://mentane.net/workshop/pg78.html
〜2時間でわかる!ミルトン・エリクソン〜
4/26(土)9:00〜12:00
第2期 催眠コミュニケーション初級講座
http://mentane.net/workshop/pg30.html
〜キングメイカー養成塾〜
4/29(火)10:00〜17:00 A(1日目)
5/6(火) 10:00〜17:00 B(2日目)
第3期 催眠コミュニケーション初級講座
http://mentane.net/workshop/pg30.html
〜キングメイカー養成塾〜
6/1(日)10:00〜17:00 A(1日目)
6/8(日)10:00〜17:00 B(2日目)
場所:
いずれの講座も、
JR亀戸駅北口より徒歩2分
江東区商工情報センター
〒136-0071 東京都江東区亀戸2-19-1 カメリアプラザ9階
がんばって予約したので、
一刻も早く告知してみました。
いつも「告知が遅い!」とみんなから非難ごうごうなので(笑)
今回は告知が遅いとは言わせない!
新ブログも開設し、
メルマガの復刊も果たしました。
新しくことをおこすための準備立てが完了したところで、
次になにをやるべきかわからなくなりました。
そこで、一昨日の夜、マインドマップを書きながら、
GTDの手続きの第一ステップ、
「やるべきことの収集」作業を改めてやったら、
昨日、今日で随分仕事がはかどっています。
一番、やりたくなかった仕事、
催眠コミュニケーション講座の会場予約も今日無事完了しました。
会場確保のような作業がぼくにとって一番苦痛なのは、一体なぜだろうか?
不確定な将来の物事に対して、決断を迫られる不安と、
触ったことのない新しいシステムを理解しなければならないめんどくささなのかな。
飲み会の幹事とかのめんどくささと似てる。
飲み放題にするかしないか、
店は何人で予約するのか、
ドタキャンが出たらどうするか。
そういや、GTDをきちんと回しているときには
ぼくはやたらと飲み会とか勉強会を主催していました。
GTDを回してるととにかく遊びが忙しくなるんだ。これが。
GTDの力を借りなければ遊びの企画をすることすらおっくうなんだな。
しばらく、慣れてない作業をていねいにやり続けて、
そういうことが苦痛に感じないぐらいには
体を慣らしておいたほうが、
なにかと今後も便利かもしれないですね。
★自慢をかねた告知
第4回 催眠コミュニケーション入門講座
http://mentane.net/workshop/pg78.html
〜2時間でわかる!ミルトン・エリクソン〜
4/26(土)9:00〜12:00
第2期 催眠コミュニケーション初級講座
http://mentane.net/workshop/pg30.html
〜キングメイカー養成塾〜
4/29(火)10:00〜17:00 A(1日目)
5/6(火) 10:00〜17:00 B(2日目)
第3期 催眠コミュニケーション初級講座
http://mentane.net/workshop/pg30.html
〜キングメイカー養成塾〜
6/1(日)10:00〜17:00 A(1日目)
6/8(日)10:00〜17:00 B(2日目)
場所:
いずれの講座も、
JR亀戸駅北口より徒歩2分
江東区商工情報センター
〒136-0071 東京都江東区亀戸2-19-1 カメリアプラザ9階
がんばって予約したので、
一刻も早く告知してみました。
いつも「告知が遅い!」とみんなから非難ごうごうなので(笑)
今回は告知が遅いとは言わせない!
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3月19日(水)13:00〜15:00に、
珠帆美汐さんからの提案で、
スカイプのWEB会議システムを利用して、
無料の子育てオープンカウンセリングをやることになりました。
★テーマ:「私の悩みはあなたの悩み」
他人が子育てに関して悩んでいる話を聞いているときには、
「こうすればいいのになあ。」
「こうやって考えたら楽になれるのに。」
そんな風に客観的にいいアイディアがたくさん出ます。
ところが、いざ、自分自身の問題になると
急にその問題に捉われて、
なにをどうしたらいいのか、どのように考えたらいいのか、
まったく見えなくなってしまう。
そこで、ほかの人の悩みを一緒になって考えることで、
「あ、これって自分にも似たようなケースがある!」
と自分自身の悩みの解決の糸口を見つける。
これが、今回の一番のテーマです。
★概要:
コーディネーターの珠帆さん、
ファシリテイターの尾谷幸治、
あとは最大8名の参加者でスカイプWEB会議システムを使って
子育てに関する悩みについてオープンカウンセリングをします。
参加者の中から、前もって実際に悩みを相談する人を決めておき、
まずはその方の話を全員で聞きます。
次に参加者全員でその問題について、
色々と話し合います。
★対象
子育て中の親御さんはもちろん、
教育や対人関係というものに興味があったり、
オープンカウンセリングってどんな感じで行われるんだろう?
と知りたい方の参加も歓迎します。
ある程度、子育て中の親御さんとは違う視点の意見が入ったほうが、
新しい展開があったりします。
★定員
多くて8人まで。
参加希望者が8人以上の時には、
原則、先着順です。
ただし、参加メンバーのバランスを考えて、
多少の調節はするかもしれません。
その際はご了承ください。
★参加申し込み・お問い合わせ
申し込みは、
toiawase@mentane.net
まで、
件名:スカイプ子育てオープンカウンセリング参加希望
本文:お名前 年齢 家族構成 メールの返信先
とご記入の上、メールしてください。
こちらから、詳細について返信いたします。
★その他
ぼくの知り合いの現役カウンセラーさんが
何人か、参加すると思いますので
カウンセラーだらけのゴージャスなオープンカウンセリングに
なるかもしれません(笑)
ぼくがファシリテイターをやりますので、
涙、涙の感動的なカウンセリングではなくて、
ケタケタ笑っているうちになんとなく解決したかも?
というような空気になると予想されます。
また、当日、自分が相談をする側にまわりたい方は、
是非、お伝えください。
当日の様子は録音をして、
後日、WEB上に公開する予定です。
お楽しみに!
珠帆美汐さんからの提案で、
スカイプのWEB会議システムを利用して、
無料の子育てオープンカウンセリングをやることになりました。
★テーマ:「私の悩みはあなたの悩み」
他人が子育てに関して悩んでいる話を聞いているときには、
「こうすればいいのになあ。」
「こうやって考えたら楽になれるのに。」
そんな風に客観的にいいアイディアがたくさん出ます。
ところが、いざ、自分自身の問題になると
急にその問題に捉われて、
なにをどうしたらいいのか、どのように考えたらいいのか、
まったく見えなくなってしまう。
そこで、ほかの人の悩みを一緒になって考えることで、
「あ、これって自分にも似たようなケースがある!」
と自分自身の悩みの解決の糸口を見つける。
これが、今回の一番のテーマです。
★概要:
コーディネーターの珠帆さん、
ファシリテイターの尾谷幸治、
あとは最大8名の参加者でスカイプWEB会議システムを使って
子育てに関する悩みについてオープンカウンセリングをします。
参加者の中から、前もって実際に悩みを相談する人を決めておき、
まずはその方の話を全員で聞きます。
次に参加者全員でその問題について、
色々と話し合います。
★対象
子育て中の親御さんはもちろん、
教育や対人関係というものに興味があったり、
オープンカウンセリングってどんな感じで行われるんだろう?
と知りたい方の参加も歓迎します。
ある程度、子育て中の親御さんとは違う視点の意見が入ったほうが、
新しい展開があったりします。
★定員
多くて8人まで。
参加希望者が8人以上の時には、
原則、先着順です。
ただし、参加メンバーのバランスを考えて、
多少の調節はするかもしれません。
その際はご了承ください。
★参加申し込み・お問い合わせ
申し込みは、
toiawase@mentane.net
まで、
件名:スカイプ子育てオープンカウンセリング参加希望
本文:お名前 年齢 家族構成 メールの返信先
とご記入の上、メールしてください。
こちらから、詳細について返信いたします。
★その他
ぼくの知り合いの現役カウンセラーさんが
何人か、参加すると思いますので
カウンセラーだらけのゴージャスなオープンカウンセリングに
なるかもしれません(笑)
ぼくがファシリテイターをやりますので、
涙、涙の感動的なカウンセリングではなくて、
ケタケタ笑っているうちになんとなく解決したかも?
というような空気になると予想されます。
また、当日、自分が相談をする側にまわりたい方は、
是非、お伝えください。
当日の様子は録音をして、
後日、WEB上に公開する予定です。
お楽しみに!
generated by feedpath Rabbit
ずーっと怠けていたメルマガ、
「たった1言で我が子のやる気をメラメラ燃やすメルマガ」
を久しぶりに出そうかなあと先日、
まぐまぐのサイトにアクセスしたら、
ぼくのメルマガの登録ページが消えていました。
どうやら、1年半ぐらい怠けていたので
メルマガを消されてしまったのだな。
そう思っていました。
読者数が3700人ぐらいいたので、
そのまま消えちゃうとちょっと悲しい。
ところが!
生きてたんですよ。
どうやら、休刊扱いになっていただけらしい。
昨日、復刊の手続きが完了しました。
まだ、読者数、2900人も残っていた。
びっくり。
解除するのも面倒だから、
メールがこなくなればそのまま忘れ去るのだろうな。
一年半ぶりにメルマガが届いたら、
届いた方も驚くのかもしれないな。
あと、そうやってサボっている間に、
創刊2年以上、読者数3000人以上という
まぐまぐの「殿堂入り」の条件を
勝手に満たしていたらしく、
復活させてもらった自分のメルマガの登録ページには
「殿堂入り」の文字が輝いてました。
なんかうれしいっていうよりも、申し訳ない気持ちで一杯です(笑)
まぐまぐさん、すみません。
今後、またしばらくがんばって配信します。
そんなわけで、
たった1言で我が子のやる気をメラメラ燃やすメルマガ
http://www.mag2.com/m/0000156509.html
再開します。
ちなみに、この登録フォームは
以前の情報からまだ書き換わってないです。
サイトアドレスとかが古いままでリンク切れになってますが、
気にしないでください。
「たった1言で我が子のやる気をメラメラ燃やすメルマガ」
を久しぶりに出そうかなあと先日、
まぐまぐのサイトにアクセスしたら、
ぼくのメルマガの登録ページが消えていました。
どうやら、1年半ぐらい怠けていたので
メルマガを消されてしまったのだな。
そう思っていました。
読者数が3700人ぐらいいたので、
そのまま消えちゃうとちょっと悲しい。
ところが!
生きてたんですよ。
どうやら、休刊扱いになっていただけらしい。
昨日、復刊の手続きが完了しました。
まだ、読者数、2900人も残っていた。
びっくり。
解除するのも面倒だから、
メールがこなくなればそのまま忘れ去るのだろうな。
一年半ぶりにメルマガが届いたら、
届いた方も驚くのかもしれないな。
あと、そうやってサボっている間に、
創刊2年以上、読者数3000人以上という
まぐまぐの「殿堂入り」の条件を
勝手に満たしていたらしく、
復活させてもらった自分のメルマガの登録ページには
「殿堂入り」の文字が輝いてました。
なんかうれしいっていうよりも、申し訳ない気持ちで一杯です(笑)
まぐまぐさん、すみません。
今後、またしばらくがんばって配信します。
そんなわけで、
たった1言で我が子のやる気をメラメラ燃やすメルマガ
http://www.mag2.com/m/0000156509.html
再開します。
ちなみに、この登録フォームは
以前の情報からまだ書き換わってないです。
サイトアドレスとかが古いままでリンク切れになってますが、
気にしないでください。
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jugemブログ
めんたね観察日記
FC2ブログ
めんたね観察日記 in FC2
実験がてら、二箇所のブログを
それっぽく形にしてみました。
本当はjugemをメインで行こうかと思っていたのだけど、
FC2の見た目を整えることに凝っていたら、
なかなか美しいできばえじゃあーりませんか!
こういうところにこだわってしまうのは、
やっぱりオタク体質なのだろうなあ。
さて、で、どちらをメインにするか。
メインのブログはサイト本体からリンクされます。
そして、コメントとトラックバックを開きます。
これは悩む!
そういうわけで投票。
みなさんだったら、どっちのほうが好きですか?
是非、ご意見をお聞かせください!
めんたね観察日記
FC2ブログ
めんたね観察日記 in FC2
実験がてら、二箇所のブログを
それっぽく形にしてみました。
本当はjugemをメインで行こうかと思っていたのだけど、
FC2の見た目を整えることに凝っていたら、
なかなか美しいできばえじゃあーりませんか!
こういうところにこだわってしまうのは、
やっぱりオタク体質なのだろうなあ。
さて、で、どちらをメインにするか。
メインのブログはサイト本体からリンクされます。
そして、コメントとトラックバックを開きます。
これは悩む!
そういうわけで投票。
みなさんだったら、どっちのほうが好きですか?
是非、ご意見をお聞かせください!
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とりあえず、新サイトオープンに合わせ、
まずはjugemのブログを積極的に
使ってみることにしました。
めんたね観察日記
http://mentane.jugem.jp/
ここの調子がよければ、
外部ブログのメインはここに置こうかな。
コメント欄とトラックバックの開放をjugemだけでやってみます。
そうしないと、管理が大変だからね。
楽天のスパムは本当にめんどくさい。
このブログはまだ試験的なものです。
まずはjugemのブログを積極的に
使ってみることにしました。
めんたね観察日記
http://mentane.jugem.jp/
ここの調子がよければ、
外部ブログのメインはここに置こうかな。
コメント欄とトラックバックの開放をjugemだけでやってみます。
そうしないと、管理が大変だからね。
楽天のスパムは本当にめんどくさい。
このブログはまだ試験的なものです。
generated by feedpath Rabbit
結局、あれこれと捜索しまわった結果、
feedpath Rabbitというウェブ上の無料サービスを発見。
これは、複数のブログを一括管理できるフォーマットを
提供してくれるものです。
このサイトに登録をして、
このサイト内のブログエディターで日記を書くことによって、
mixiも含む様々な日記に一気に投稿できます。
とりあえず、今は実験で、
楽天、jugem、FC2、mixiの4つにfeedpath Rabbitを使って、
投稿してみます。
これが届いたら成功。
これができるんだったら、複数ブログの同時運営って
かなり楽になると思う。
調べてみるもんだなあ、おい。むふふ。
さあ、届けゴマ!
feedpath Rabbitというウェブ上の無料サービスを発見。
これは、複数のブログを一括管理できるフォーマットを
提供してくれるものです。
このサイトに登録をして、
このサイト内のブログエディターで日記を書くことによって、
mixiも含む様々な日記に一気に投稿できます。
とりあえず、今は実験で、
楽天、jugem、FC2、mixiの4つにfeedpath Rabbitを使って、
投稿してみます。
これが届いたら成功。
これができるんだったら、複数ブログの同時運営って
かなり楽になると思う。
調べてみるもんだなあ、おい。むふふ。
さあ、届けゴマ!
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